香るネモフィラ。
純粋で可憐で、爽やかな優しさを持つ君にはぴったりな花だ。
「僕は君にこの景色をプレゼントしたかった。」
少しばかり、格好をつけてみた。君はクスリと笑ってくれるだろうか。
ふと、思い出にふけてみる。
僕たちは出会ってから二人でたくさんの苦楽を共にした。
小学校ではよくみんなでドッジボールしていた。あの頃は全て楽しかった思い出がある。
中学に上がってから、君とは疎遠になった、すれ違っても挨拶を交わさないくらいに。
高校入学の日、君が同じ学校だと知った時は、微かながら嬉しさを感じた。
同じクラスになり、また僕たちはドッジボールをしそうになるくらい仲良くなった。
卒業が迫るころ、僕たちは夜の観覧車でいかにもロマンチックなキスをするような仲になった。
だから僕は、あのことを知ったとき、なんて言えばいいのか分からない、ぐちゃぐちゃな感情になった。
君があの殺風景な診察室で、"余命一年"と宣告されてから、一日一個君と目標を達成するという日課ができた。ひとつずつ、思い出が増えてゆく一年になった。
病室で二人でジグゾーパズルをして、完成したときは思わず声を出してしまったり、窓から見える星空を二人だけで眺めたり。ほんの少しだけ遠出をして、二人の思い出の場所へ出かけてみたり。
残り三ヶ月となったころぐらいかな。君は本当にまだまだ生き生きしていて僕のそばを離れてしまうなんて想像も出来なくて、僕がまだ漠然としていたころのことだ。
「私、最近少しずつ身体がボロボロになっていくのが分かってきて、まだ大丈夫って分かっていても、身体が私に、君はもう死ぬ運命なんだよ。って伝えてるみたいで、いつも強がってたけど本当は死ぬのが怖い。病気に私の身体が蝕まれていくのが怖い。……助けて欲しいなんて言っても君には出来ないことは分かってる。でも、今はそばにいて欲しくて。」
君は僕に弱音を吐いてくれた。
君らしくなくて当時は驚いたが、今考えれば当たり前のことだと当然のようにわかる。
身の回りの人が病気で死ぬことに慣れていなかったため、そのときは、どう声を掛けていいのか分からずただそばに居ただけだった。
あれからはできる限りずっと君のそばに居た。君には絶対に寂しい思いをさせてはいけないとなんとなく思った。
君と過ごした時間が増える一方、君と過ごせる時間が減っていく。そんな当たり前のことに僕は辛さを感じた。
あれから二週間後かな。君は安らかに眠った。
まだ時間は残されていると思っていた。現実は、そう甘くなかった。
その日は、二人でネモフィラの花畑に訪れる予定だった。
「この景色を君にプレゼントするよ。」
と言って、君の左手の薬指に結婚指輪を嵌める予定だった。
ずっと前から決めていた。君にプロポーズするならここがいいと。
八月十三日。その場所に、今僕は居る。
君に渡すはずだった指輪を持って。
また、来年も同じ日に僕は来るだろう。
同じように思い出にふけって、今度こそは、プロポーズさせて欲しい。
石塚 音羽が書きました。
テーマは、『花畑』です。
9/17/2024, 3:23:23 PM