さて、ここに鶏肉がある。いいや、正しくは鶏肉だったものがある。厨房の業火に耐えきれず原子レベルで分解することにより、あらゆる光を吸収せんとばかりに暗黒化した物質である。ひたひたと浸かっているのは、身を挺して守ろうとした水道水と、その甲斐なく零れ落ちた滂沱の涙である。愛用の箸すら捕獲を拒絶するほどグロテスクな外見に唾を飲みこむ。私は泣いて鶏肉を切った。辛うじて残った過食部は、それはそれは炭の味がした。その罪の味に幾筋もの涙が頬を伝ったのは言うまでもない。四畳半の狭い部屋で私は失われた諸々に深く謝罪し、己の無知蒙昧を詫びた。
中火とは、つまみの角度では決まらないのだ。
6/5/2023, 8:53:55 AM