ぜんぶあなたのために捨てた。
家族、居場所、経歴、潔白。名前や顔でさえ。
どれもこれもこの世界で生きていくためには手放してはならないものだった。しっかり抱えてゆくべきものだった。
それを捨てて、ここへ来た。
その意味がわからないほど馬鹿じゃないだろう。
わたしをわたしたらしめるものはもうあなた以外には何もない。
あなたを苦しめるものはすべて消してあげた。だから匿ってよ、と青ざめて今にも倒れそうなあなたに言う。
部屋の中、ついたままのテレビは連続殺人犯の逃亡と指名手配のニュースを垂れ流している。被害者の共通点はわたしとあなただけが知っている。
別人の顔をしたわたしを、優しいあなたは黙って部屋に引き入れた。
4/2/2023, 2:03:19 PM