6/1 お題「梅雨」
まるで水の中にいるみたいだ。
ビルの屋上から見下ろす景色は全てが濡れた灰色に煙り、吸い込む空気は滴るほどの水分を含んで、火の消えそうな煙草の味を溺れさせる。
厚い雲は頭のすぐ上だ。誰かが上から掻き分けて顔を出す、そんな想像をしてアタシは笑った。
不意に、とぷん、という音を背後に聞いてアタシは振り返る。
それは―――風の人魚、とでも言えばいいのか。腕の代わりに肩に生えるのは透き通った羽。細い腰から下はヒレを従えた長い尾。
相手は驚いた様子もなくアタシを見、体を柔らかくひるがえして宙を舞い上がり、灰色の雲に消えた。
幻かな。こんな日は、それも悪くない。
(所要時間:14分)
6/1/2023, 11:37:10 AM