sairo

Open App

「ごめん」

小さな謝罪の言葉には何も答えず、彼から距離を取る事で反抗する。
実際にはほとんど変わらない、僅かな隙間。
その僅かな抵抗すら、背後から腕を引かれ抱き留められて、零に戻る。

「……っ」
「いかないで。お願いだから」

懇願する声音は、どこか甘さを孕んで目眩がした。

「そばにいて。もう離れないで」

『もう二度と俺に関わるな!』

静かな懇願の言葉に重なる、かつての彼の拒絶の言葉。

今さらだと思った。
最初に手を振り払ったのは彼の方だった。
ようやく、一人でいる事にも慣れてきたのに。
忘れられるとすら思っていたはずなのに。
今さら、
関わるなと拒絶したその唇で、依存を乞うというのか。

「…やめて」
「ここにいてくれるなら」
「やめて。ここから出してっ」
「ごめん」

優しささえ感じる謝罪の言葉とは裏腹に、抱き留める腕の力は強く。
もはや拘束でしかないそれは、息苦しささえ覚えるほどで。

「それだけはだめ」

拘束していた右腕が離れ、けれどもその指はいたずらに首筋をなぞり、そのまま唇に触れる。
それ以上の拒否を咎めるような彼の指に、思わず息を呑んだ。

「それ以外なら何でもあげる。一緒にいてくれるなら、望むところに連れて行く」

変わらず囁く声音はどこまでも甘い。
その甘さは背中から感じる熱と混じり合い、何もかもを分からなくさせていく。

彼の優しさは毒だ。
上辺だけの甘い言葉を、その行為を、愛だと勘違いさせる。
そうして勘違いしたまま、弱って一人では生きられなくなったその時に。
彼はまた、あの日のように冷たく突き放すのだろうか。

「優しくする。大切にするから」

それならばいっそ、酷く咎めて罵ってくれればよかった。
そうしたら何の期待も持たずに、彼の檻の中で生きていけるのに。

「だから、俺を愛して?」

愛を乞われ、頸に口付けられる。
まるで恋人にするような、優しいだけのそれ。

「…っ!」

深く堕ちていく感情から逃げ出すように、絡みつく全てを振り払い。
今出来る、最大限の反抗を込めて。
その優しさを拒むように。
背後の彼に、噛み付くように口付けた。




          20240503 『優しくしないで』

5/3/2024, 11:40:15 AM