目を開けるとそこには見慣れた形の街並みが広がっている。ただひとつ違うのは知っているはずの景色から色という色がごっそりとなくなってしまったということだった。
これはどういうことだろう。
僕は目を瞬かせ、夢ではないかと疑ったが、あいにく頬を思いっきり抓ってみても、目の前の様子に変化はない。
「・・・・・・あの、すみません」
僕はこの理解不能な状態に、思わず目の前を通り過ぎようとしていた道行く人を呼び止めた。
「はい?」
その人は僕のほうを振り返って足を止める。色がついていないからよくわからないが、幾分か落ち着いた低い声と高い背丈から考えて、僕より少し年上の男性ではないかと予想する。
「この世界はどうしてしまったんでしょう」
僕のその一言に相手は何かを察したらしく、「ああ、君、生まれたてか」と納得したように頷いていた。
「生まれたて?」
「この世界に生まれたばかりの人にはまだ世界の色が見えないんだ」
「・・・・・・えっ? いやいや、そんな馬鹿な。だって昨日までは普通でしたよ」
「普通って?」
「えっ?」
「君が昨日まで見ていた普通って、本当にそこにあったのかな?」
何を言ってるんだと思いつつも、僕は口を挟めなかった。
「例えば君はどうして僕に話し掛けたんだい? こんなにも通行人がいる都心の街中で」
「それは貴方が一番近くにいて話しかけやすかったからで・・・・・・」
「・・・・・・なら、これならどうだった?」
そう彼が言った途端、真っ白だった彼の姿がみるみる色を取り戻していく。
「・・・・・・あ」
「僕に色がついていたら、君は僕には話し掛けなかったんじゃないかな?」
そうかもしれないと思った。
彼は確かに男性だったけど、肌は僕よりも白く髪はキラキラした金髪で、明らかに日本人の僕とは違う国の出身の人だと分かる。
「確かにもし色があったら、きっと僕は言葉が通じないかもしれないと一瞬でも考えてしまう貴方には話し掛けなかったかもしれません」
「そうか。ならここが、無色の世界で良かったよ」
彼はすうっと片手を僕の前に差し出した。
「危うく君と友達になり損ねるとこだった」
彼が悪戯っぽくウインクする。僕は何だかあはははと、嬉しい笑いが込み上げてきて、気付けば彼の差し出した手をしっかりと握っていた。
「あの、もっと色々僕にこの世界のことを教えて貰えませんか?」
「ああ、もちろんいいさ。喜んで」
彼は僕の肩を軽く叩いた。その瞬間、僕自身もみるみる色を取り戻していく。
どうやら僕は昨日までの僕とは違う、新しい自分に生まれ変わっていたらしい。
これまでつけていた色眼鏡を取っ払い、これから僕はこの新しい世界を、きちんと見てみようと思う。
【無色の世界】
4/19/2023, 4:45:15 AM