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ふと急に散歩に出たくなるときがある。訳もなく駆り立てられるようにドアノブに手をかける。行く先も目的もないままポケットに忍ばせた小銭だけを頼りに、夜の影を縫うように進んでいく。自転車の鍵を部屋に忘れて一瞬取りに帰るか逡巡した。しかしどうせ急ぐ用がある訳ではないのだ。結局ぶらぶらと両手を振って歩き出した。  

暗闇はいいものだ。暗闇の中の根源的恐怖の中に心くすぐられる神秘が眠っているような気がする。夜の街は昼の街と一変し、暗闇の中に溶け込んだ世界は魅力的に見える。人間の思惑や感情の交錯。そういう煩雑としたものが見えなくなってそれぞれの世界に向き合う時間。

過去を振り返るのか、未来の姿を描くのか。絶望も希望もこの時間は美しく光り輝く。眠りについた街の中ではいつだって一人だ。あがこうともがこうと進むことも戻ることもできない。想像の世界を描くことしかできない。そんな静かなどうしようもない退廃とした空気が好きだ。

真夜中

5/17/2024, 1:47:18 PM