G14(3日に一度更新)

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155.『春爛漫』『言葉にならない』『遠くの空へ』



 俺の名前は、五条英雄。
 とある街で探偵をやっている。
 世間の華やかなイメージとは裏腹に、地味な仕事が多く嫌な思いをすることも少なくない。
 とくに浮気調査に限っては、人の醜い部分を直視せざるをえず、どうしても心が荒んでしまう。
 それが原因で人間不信となったり、この業界を去る者も多い。

 この過酷な業界を生き抜くには、強靭な精神力が必要だ。
 何が起こっても動じず、ただ己の責務を全うする責任感。
 そして、自らを厳しく律し、感情に流されないようコントロールする技術。
 それらを兼ね揃えた者こそが探偵に相応しいと、俺は考えている。

 その点において、俺は才能に恵まれたと自負していた。
 そう、『していた』。

 先日、俺の自信を根底から覆す、重大な事件が起こったのだ……



 ――免許の更新を忘れてしまったのである。



 知らない人のために、少しだけ説明しよう。
 自動車免許は、数年に一度更新する必要がある。
 期間は誕生日の前後一か月。
 丁寧にも手紙で通知が来て、更新を促される仕組みだ。

 よく誤解されるのだが、更新を忘れたからと言って即座に違法になるわけではない。
 だが更新を忘れるという事は免許が無効になるという事である。
 その状態でハンドルを握れば、立派な無免許運転というわけだ!

 ゆえに、各ドライバーは更新時期に神経を尖らせている。
 だが、所詮は人の子。
 忙しさにかまけ、つい更新を忘れてしまうことがある。


 かくいう俺も探偵としての仕事が忙しく、更新を後回しにしてしまって――いや
、すまない、見栄を張った。
 事務所には閑古鳥が鳴き、暇を持て余していた。
 普通にド忘れである……

 暇だからと大掃除していると、どこからともなく出てきた『更新のお知らせ』の手紙。
 すぐに、更新期間が三日前に終わった事に気づく。

 『言葉にならない』とは、まさにこの事。
 その場に膝をつき、今日の日付けを何度も確認し、夢であってくれと何度も頬をつねった。
 だが突き付けられた現実は変わらない。
 俺は遠くの空へ視線をやって、現実逃避するしかなかった……


 だが、更新忘れ自体はよくあることらしい。
 ある程度気持ちが落ち着いた状態で調べてみると、一応救済措置があることが分かった。
 早く気づければ、講習を受けるだけで『復活』が可能なことが分かった。

 俺は早速所定の書類を取り揃え、バスを乗り継いで(車がつかえないので)免許センターにやってきたのだが……


「どうしてこうなったんだろうな……」
 視線の先にいるのは、ソワソワしながら列をなしている若者たち。
 実技試験を突破した彼らは、書類が入った封筒を宝物の様に抱きしめる。

 正直、直視できなかった。
 輝かしい未来へと踏み出す彼らと、不注意で免許を失効させた冴えないおっさん。
 とても、同じ空間にいていいとは思えなかった。

 なんで免許の更新を忘れただけで、こんな悲しい気持ちにならなきゃならんのだ!
 さすがにペナルティ重すぎねえ!?
 本気で帰りたくなってきた。

 せめてもの救いは、同じ境遇の同胞がいたことだ。
 俺と同じように肩を落とし、『うっかりしていた』おじさん・おばさん10人ばかり。
 ここだけ、空気がどんよりと濁っていた。

 どこで間違えたのだろう。
 俺も、あの若者たちのような時代があったはずだ。
 自分の未来を信じて疑わず、希望に満ち溢れていた時代。

 それが今や、これほどまでにカッコ悪い大人に成り下がっている。 
 昔の自分には、とても見せられない憐れな自分だ……

 心の中で、さめざめと泣きながら、若者に交じって講習を受けた。
 ペナルティが重すぎる。

 だが責め苦はもう終わり。
 講習代も再発行代も支払い、全ての課程を修了した。
 あとは免許を貰うだけ。
 今日の屈辱は忘れ、明日からまた強く生きよう。
 そう強く決意する。

 ――だが、地獄は終わらなかった。


「更新忘れの皆様は、免許の色が青になります。
 無事故無違反でゴールドの方も同様、青となります」
 俺は耳を疑った。
 5年間無事故無違反、優良運転者の証である『ゴールド免許』。
 その名誉が、たった数日の遅れではく奪されるなんて……
 思わず叫びそうになる。

 優秀な人間に特典が与えられるのは、世の常だ
 それは免許の世界も同じ事。
 『ゴールド免許』には様々な特典があるのだが、俺に関係があるのはただ一つ。

「自動車保険、高くなるじゃないか……」
 ゴールド免許保持者は、保険料が1割から2割安くなる。
 大したことが無いと思われるかもしれないが、塵も積もれば何とやら。
 次回の更新までの数年間、計10万以上値上がりだ。


「免許の更新を忘れただけなのに……」
 ペナルティ、重すぎじゃんかよ。

 建物を出ると、外は春爛漫。
 陽気な日差しが降り注ぐが、俺の心は土砂降りだ。
 俺は目が潤むのを自覚しながら、力なくバスを待つのであった。



※この物語は、事実を元にしたフィクションです。
 登場する人物は架空ですが、先日作者が経験した話が元になっています。
 免許をお持ちの方は今すぐ更新期限を確認してください。

 でないと、本気で落ち込むことになり、一か月くらい再起不能になります

4/19/2026, 11:10:22 AM