卑怯な人

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「君と見た景色」

 ふと、周りの騒がしさに目を覚ます。どうやら授業が終わったようで、皆は帰りの支度をしている。授業の途中で寝てしまったことは確かだが、どのタイミングで寝てしまったかは覚えていない。ノートも変な所で途切れている。明日、誰かに聞くことにしようと決めて、自分も周りと合わせて支度をする。教科書に筆箱、水筒なども詰め込み、先生が来るのを待とうとした時、ちょうど教室に入ってきて帰りのホームルームが始まった。今日は特に言うことは無いらしく、そのまま帰りの挨拶に移った。
 その後解散し、生徒たちはそれぞれ集まり談笑したり、部活の準備をしたり、提出し損ねた課題を提出しに行ったりなど、一気に皆の声のトーンが上がった。そんな中、自分は塾の課題が終わっていなかったため、特に何をするでもなく家に帰ることにした。
 階段を降り、下駄箱で靴に履き替えて外に出る。外は太陽に照らされて明るく輝いている。昨日は雨だったからか、余計に有難く感じた。外では早い人は自主練習を始めていて、賑やかさは校庭にまで波及していた。そんな風景を横目に駐輪場へと歩みを進めた。
 その時だった。後ろから時分を呼ぶ声がする。振り返ると、自分より少し背の低い女子生徒がこちらに手を振りながら走ってきていた。小中高と学校が同じで、家も近く縁のある人だった。その人を見て、私は素っ気ない返事をした。十年以上の付き合いである。堅苦しい雰囲気なんてあるはずもなく、一緒に帰ることになった。
 「中間テストも終わったから、何処かで遊ばない?」と 言われた時、少し悩んだ。彼女と遊びたくない訳でもなく、時間が無い訳でもなく、ただ何処で遊ぶべきかに悩んだ。私自身あまり外に出る人間では無く、出るとしたら決まって遠出をする極端な人間だった。だからこそ、その提案は私を困らせた。結果、「好きな所に行けばいいじゃないか。自分は特に何も思い浮かばない」と、実につまらない回答をする事になった。それを聞いて彼女はそれではつまらないと、若干不服そうな顔を浮かべていた。そんな彼女を見て自分も少し笑いながら、自転車を押しながら校門を出た。
 道横には綺麗に勿忘草の花が青々と咲き誇り、春の爽やかな季節の訪れが色々な場所に現れていた。風も暖かみを帯びており、心地よい。穏やかな気分で信号を待つ。
 ふと、近くの電柱に置かれた花束と飲み物に目が移る。そういえば昨日の通学時間帯に、ここで事故があった。歩行者がトラックに轢かれてしまったと、学校でかなりの噂になっていた。普段であればそんな噂は直ぐに落ち着くが、事故現場も近く時間帯も相まってその噂が絶えるのには時間がかかった。
 変な事を思い出している内に信号が青に変わって、私と彼女は並んで進み始める。こんな時に暗いことばっかり考えていても仕方が無いので切り替える。中間テストの結果はどうだったか、部活動の調子は良いのか、など当たり障りない会話ばかりしていた。そんな時間が本当に楽しいと感じるような人間で良かったと、何度も何度も宛のない感謝をした。
 そこから一度も会話が途切れること無く歩き続け、自宅に着いた。彼女の家は私の家の二つ隣にあり、そのまま進み続ければ一瞬で着いてしまう距離である。私が家に着いた時、そのまま彼女も家に帰るのかと思ったが、彼女は来た道をまた戻るように振り返り進み始めた。私はどうしたのか尋ねると、少し用事があって戻るのだと彼女は言った。そのまま彼女の背中は小さくなっていく。私は咄嗟に「また明日」と言い、君は私に
         
    「さようなら」と、笑顔で振り返った

私は明日も君と共にいつもの景色が見られるようにと、そう願い君の後ろ姿を見届けた。


                  了

3/21/2025, 2:49:49 PM