かたいなか

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「月夜、真夜中、夜の海、夜明け前。『夜』とも随分長い付き合いよな……」
某所在住物書きは過去投稿分を辿りながら、ぽつり。そもそも「夜明け前」を先週書いたばかりだ。
静かなため息を吐き、ネタを探す。
やがてメモ帳アプリを呼び出し、簡単そうなひとつを閃いて書き始めると、

「都市部や観光地の夜景は大抵高地から低地を見下ろして人口の光を見るけど、
田舎や山間部の夜景はそもそも人口の光がバチクソ少ないから、天を見上げて星の光を見る、
とか考えたけど、ぜってー説教くさくなる……」

それが確実に「自分は書きやすいけど読者はゼッタイ読むのがダルい内容」になると理解し、
文章をタップして、範囲指定して、切り取り。
すべてを白紙に戻した。

――――――

最近最近の都内某所、某ホテルの中にある「少しだけ価格が高め」なレストラン、夜。
曇天ゆえにあいにくの空模様ながら、
そもそも東京はLED照明やデジタルサイネージによる圧倒的な光量のため、前提として星が少ない。
夜景といえば人のいとなみ、人の光である。

このレストランを夜に訪れる客もそれが目当てで、
幸運にも窓際を引き当てた、あるいは事前に窓際席を予約していた男女は、それぞれスマホを取り出すなり、他者に配慮しつつ動画を撮るなり、
あるいは、静かに指輪の入った小箱をテーブルの上へ置いて、結局爆死するなり。
BGMのジャズは共感のピアノと慰めのストリングスを伴って、小箱に涙落とす者に寄り添った。

ドラムはレストラン予約料と指輪デザイン費用、それから失恋に対する慟哭かもしれない。

「見ろよ藤森。アレが普通の、普ッ通ーの失恋だ」
一連の夜の景色をふたつ後ろの席から見ていた既婚男性の名前を、宇曽野という。
「表で『自分もそれが好き』『あなたと同じこと考えた』とか言いながら裏垢で『地雷』『解釈違い』『あたまおかしい』は、相当のレアケースだぞ」
覚えておけよ、藤森。 そう付け足して、同じテーブルの向かい側に視線を合わせると、
「あまり見てやるなよ。傷心中なのに」
『藤森』と呼ばれた「向かい側」は、小さくため息を吐き、あきれた顔で言葉を投げた。

「で、何故わざわざ私をココに呼んだんだ。
私の前の職場で、お前が『表で自分も好きと言いつつ裏で地雷と呟いた人』も勤めていたココに?」

「単純に最近お前とメシ食ってないなと」
「それだけか」
「あとお前の後輩の高葉井に『茂部さんの告白偵察行ってきて』と頼まれた」

「は?」
「そこの、今ひとりで2人分の料理を泣きながら食ってるやつな。ウチの本店の総務課の茂部だ」
「……は?」
「お前の後輩のほぼほぼ同期だとさ。『多分脈無いよ、って忠告したのに見切り発車するらしいから、宇曽野主任、偵察おねがいします』と」

「何故あいつ本人ではなく、お前に?
そもそも私が呼ばれた理由がどこにも無い」
「野郎ひとりで来る店でもないだろ。
あとあいつが俺に頼んだのは、茂部にあいつの顔がバレてるからだろうさ」

「お前だって、茂部さんとは一応ある程度」
「俺は茂部から恋愛相談なんざされてないからな」

結果としては、「見切り発車によるプロポーズは予想通り、相手側の拒否で終了」ってところか。
スマホを取り出し、スワイプ、タップ。
宇曽野がどこかへ、おそらく告白偵察の依頼者へ、実況のメッセージを送信してステーキをぱくり。
他者の悲哀に我関せず。満面の笑顔を咲かせる。
「なかなか夜景がキレイな店だな。藤森」
宇曽野が言った。

「だろうな」
藤森が返して、ぽつり。
「ところで元従業員として白状すると、実は……」
実はな。そこで藤森の言葉が、一旦途切れる。
前職がこのレストランであった藤森。プロポーズに関する強力なジンクスをひとつ、知っていた。

このレストランの夜景美しい窓際席の中に、
ひとつだけ、「そこを予約して告白すると、朝は必ず成功し、夜は必ずフられる席」があって、
そのジンクスが破られたことは一度も無いという。

9/19/2024, 3:20:23 AM