すゞめ

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 彼女とリビングではしゃいでいる途中、どうにもごまかしきれなくなった頭痛に苛まれる。
 泣く泣く彼女と離れて、俺はベッドインしてタオルケットにこもっていた。

 台風が過ぎ去って数時間。

 俺はようやく低気圧による頭痛から復活を遂げる。
 そして、彼女がいないことをいいことに、俺はまな板の上のキャベツに八つ当たりをしていた。

 あの忌々しいくるくるマークめ……!
 絶対に許さない……!

 台風が温帯低気圧に変わり、警報も注意報も解除され、晴れ渡る青い空には虹もかかったらしい。
 しかし俺はなかなか頭痛が引かず、ベッドから起き上がれずにいた。

 ベッドで唸っている間に起こってしまった事件。
 俺が一番危惧していたことが現実になってしまった。
 暇を持て余しすぎた彼女が俺の回復を待ちきれず、ひとりで買い物に出ていってしまったのである。

 時間を無駄にする天才のクセにッ!!
 放っておいたら一日中、ベランダから見えるお空をぽやぽやして眺めてるクセにッ!

 包丁をガンガン振り下ろして、キャベツを豪快に切り刻んでいく。
 今日の味噌汁はいつもよりしょっぱくなりそうだ。
 大量に涙が溢れてしまって隠し味にしては主張が強い。

 まな板にグチャグチャとキャベツを広げ終えたとき、玄関のドアが開いた。

 !!

「ただいま〜」

 彼女の帰還に、俺は包丁をシンクに投げ捨てて玄関までダッシュした。

「あ。頭痛もう平……ぐぅええっ!?」
「おがえりなざいっっ!!」

 汗だくになって帰ってきた彼女をぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 あぁああああぁぁぁ。
 こんなに汗だくになって、急いで帰ってきてくれたのだろうか。
 かわいい。
 体が冷えたらいけないからお風呂に入れて体の隅々まできれいきれいしてあげようそうしよう。
 かわいい。

「ちょ、ねえ、今ヤダ。……離して。汗いっぱいかいた……」
「ええ。一緒に風呂入りましょうね?」
「む、むちゃ言わないでっ」
「は? 黙って勝手に出ていったのそっちですよね? 責任取って甘やかされてください。ひとり取り残されてメンブレした俺をちゃんと癒してくれないと困ります」
「どんな理屈だよ!?」
「いいから、ほら。行きますよ」

 恥ずかしがって抵抗する彼女を抱えて浴室に移動する。

「んっ、あっ、ちょ、どこ触って……!?」

 抱えているのだから控えめな膨らみに指が触れてしまうのは不可抗力だ。
 かまわず彼女の服のファスナーに手をかける。

「コラッ、服を引っぺがそうとしないでっ!」

 彼女のとんでもない言葉に、至福に挟まれていた指が止まった。

「服を着たままシャワーする気ですか? それはそれで悪くない……というかむしろ興奮しますね?」

 服も下着も濃い色でまとめているから透け感は楽しめないのは残念ではある。
 しかしピッタリと皮膚に張りつく生地に手を忍び込ませて、濡れた肌を暴いていくもの悪くなかった。

 頬を赤て「ダメ♡」と誘い込むような目で睨みつける彼女の妖艶な姿まで想像して、興奮で鼻血が出そうになる。

「なに言ってるの、このおたんちん! 違うからっ!」
「ふふ。だったらコレ、きちんと脱ぎましょうね?」
「〜〜〜〜〜〜ッッ!?」

 服を脱がし、抵抗をやめない彼女にチュッチュとキスをしておとなしくさせる。
 なにか忘れているような気がしたが、目の前の彼女を優先した。

   *

 彼女がゲッソリするまでかまい倒して、俺のメンタルがようやく落ち着きを取り戻した。
 ふたり仲良く水分補給しようとしたとき、俺は味噌汁を作っていた最中だったことを思い出す。

 あ、ヤベ。

 まな板に散乱したキャベツ、シンクに投げ入れた包丁、出しっぱなしの鍋と味噌。
 キッチン周りの惨状に、彼女の肩がワナワナと怒りで震え始めた。

「れーじくんっ!!!!」
「すみませんっ!!!!」

 怒りまかせに声を轟かせる彼女に被せる勢いで謝罪する。

「料理するときはちゃんとエプロンしてっ!!!!」

 えっ、そこっ!?

 彼女いわく、エプロンをしてくれれば料理中だと判断して逃げられ……もとい、せめて優先順位を諭してあげられた、とのこと。
 今回は火を使っていなかったから、なんとか許してもらえた。

 買い物に行けなかった代わりに、彼女と一緒に夕飯を作る。
 台風一過により、俺の幸福度もめちゃくちゃ上がったのだった。


『台風が過ぎ去って』

9/13/2025, 1:04:37 AM