望月

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《形の無いもの》

 森の奥にある泉。
 各地方で聞く伝承。
 姿を見た者はおらず、ただ漠然と“いる”のだと認識されている存在。
 それが、精霊である。
「見えないしわかんないのに、みんなはどうしているよって言うの?」
 森の小道を歩く母子は手を繋いでいる。
「それはね、知っているからよ。精霊さんがいなくちゃ、この世界には水もなかったのよ? ね、精霊さんって凄いでしょう」
 息子の小さな左手を握りながら、母親は諭した。
「そうなの!? じゃあ、ありがとうって言わないとだめだね、お母さん」
 そうね、と返した母親の左腕は爛れていたが、それが刹那にして治る。
 医師が匙を投げた筈の、二度と動かせないと宣言された腕が。
 気まぐれか、想いへの返答か。
 その奇跡に気付くまで、あと少し。

9/25/2024, 7:30:52 AM