No name いろんなふたりやひとりの、概念や小噺

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カンカン照りな空だった。いやもう、言葉の通りに日差しは皮膚を貫いて薄く伸びる雲だって少ししかないものだから、高いビルに囲まれて見上げると狭い空もはっきりとした水色なのだとわかった。きっとこちらからは見えぬ後方に続く空もビルの裏手もきっとすべてが水色だ。
そしてその空はまるで、あちらこちらと足早に行き交う人間をあざ笑っているようであった。自分にとってそう見えるだけなのだろうか。
兎にも角にも自分にはそれは物憂げな空でしかなく、さっと日差しに逃げ込んだ。日差しに逃げ込むと、先より日差しが眩く見える。あざ笑われているような心地は消えた。そしたら今度は日陰のしんとした冷たさに頭がクリアになって、途端に日差しが羨ましくなった。いや、違うかもしえない。日差しを浴びて、こちらが日差しをあざ笑っているような……これも違う。それすらも気付かない日々が、気にも止めない日々が羨ましくなったのだ。あの頃はいつだって上でも下でもなく、目の前のことに夢中であった。もう一度。もう一度、あの頃のように日差しの中に飛び出すことは出来るのだろうか。ひとつ、進めた革靴は光にコーティングされて、ああ、もしかしたらいけるかもしれない、と夏のはじめの真っ昼間に抱えた空腹を満たすべく、ふたつみっつとゆっくり駆け出した。

2/25/2024, 10:19:05 AM