とある恋人たちの日常。

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 想いを寄せてしまった彼女を、さり気なーく誘ってバイクで海に来ていた。
 
 普段通りにしたつもりだったけれど、大丈夫だったかな。
 自分としてはぎこちなさを隠しきれたか危ういとは思っているけれど、彼女の笑顔は変わらない。
 
 ま、まあ。
 彼女は分かっても分からないフリをしてくれる気遣い屋さんだから大丈夫だと思う。
 
 日差しも眩しく、湿度も高くて、潮の香りも強い。
 人もまあまあいるから、ふたりで来るにはチョイスは良くなかったかも。変に誤解されたら彼女に迷惑がかかってしまう。
 
 胸がチクリとする。
 
 俺の周りにはこの手の話が大好きで、勝手な思い込みで盛り上げたり茶化して来たりする。
 
 なんというか。
 彼女とはそんなふうになりたくなかった。
 
 彼女は波打ち際に軽く走って向かった。
 サンダルを履いていた彼女はそのまま足を水につける。
 
「あは、あったかい」
 
 コロコロと笑う彼女が可愛くて、胸を締め付けた。
 
「温暖化の影響ですかね?」
「そうかもね」
 
 ゆっくりと彼女の方に歩いて近づいていくと、軽く俺に水を弾いてかけてくる。
 
「反撃しちゃうぞ」
「あはは」
 
 そう笑い、彼女は再び波打ち際で砂と海の水でパシャパシャ弾いて遊んでいる。
 楽しそうにしている姿は俺の視線を捉えて離さない。
 水が光に反射して、いつも以上にキラキラしているように思えた。
 
 やっぱり、可愛いな。
 
 俺は屈んで砂にふと思った気持ちを短い文字で描いた。
 いつか伝えたい思ってしまった単純な言葉を。
 
「なにを書いてるんですかー?」
 
 俺の書いた文字を覗き込もうと近づく。
 その文字を彼女に見られるのは恥ずかしくて、消そうと思ったけれど、彼女が水遊びしながら歩いてきたことでその文字は波にさらわれてしまった。
 
「あー!!」
「残念!」
 
 そう笑って返したけれど、見られなくてよかったと心の底では安心していた。
 
 だって、こんな言葉を彼女に伝えたら困らせてしまう。
 
 お客さんの中に本気で狙っているらしいという噂も聞くんだ。絶対に迷惑をかけちゃう。
 
 言えないよ、〝好き〟だなんて。
 
 
 
おわり
 
 
 
四四三、波にさらわれた手紙

8/2/2025, 1:22:43 PM