池上さゆり

Open App

 彼は誰もが憧れるような完璧な人だった。部活では一年生の時からレギュラーメンバーに選抜されていた。二年生になってからはすぐにキャプテンに選ばれて、三年生が卒業する頃には部長も兼任していた。さらにはそれだけでは飽き足らず、生徒会長にも立候補していた。アイドルのような顔立ちで多くの女子生徒が好きになっていた。それだけではなく、誰にでも気さくで天真爛漫な笑顔で人を惹きつける魅力があった。
 卒業間際、そんな彼から突然告白されて、断る理由もなく付き合い始めた。学生時代に同じクラスで交流はあったものの、社交辞令のようなものだと思っていた。
 だが、付き合い始めてから私は変わった。いや、変わろうと努力した。彼に釣り合うようにダイエットもして、メイクやファッションの研究もして、彼の横を歩いても恥ずかしくないようにしてきたつもりだった。結婚式も誰もが憧れる美男美女の姿を自慢するがごとく、見せつけてきた。
 幸せな結婚生活が始まって数年。輝かしい学生生活とは裏腹な生活を送っていた。新入社員として働き始めた会社の残業やパワハラがひどくて心を病んだのだ。なんとか一年は耐えたものの、退職する頃には心がボロボロで私が支えるしかなかった。手に職を持っていなかった私は普通に働くだけで二人分の生活費には到底足りなかった。残業や休日出勤もしてやっと過ごせるギリギリの生活。私が帰宅してもおかえりの言葉もない。同じベッドで背を向けた彼が眠っている。痩せていて長身だったのに、今はただの巨体。不自然に凹んだ寝心地の悪いベッドで眠る。
 だが、追い詰めるようなことを言ってはいけないとわかっていても、心の中では理想のあなたはどこへ行ったのと聞きたくて仕方なかった。
 元の生活に戻るのが先か、私が彼を捨てて別の人と幸せになる道を選ぶのが先か。惚れた弱みが後者を選ばせてくれなかった。

5/20/2023, 1:49:46 PM