『あなたとわたし』
俺は人間が好きじゃない。動物も好きじゃない。じゃあ、植物は? と聞かれたら、やっぱり好きじゃない。
でも家族や友達、バイト先の皆は好きだ。にゃあ(実家で飼ってた猫)やハムハム(実家で飼ってたハムスター)も好きだ。ホームセンターで気まぐれに購入して育ててる謎の多肉植物も好きだ。
『だれかとわたし』の関係性でなく『あなたとわたし』の関係性になると、その人や動物や植物の解像度が鮮明になって、一気に親密度があがって愛着が湧く。路傍の石ではなく、自分の大切なものに変わる。俺は単純な人間なのだ。
夏の暑さが落ち着き……いや、落ち着くどころか急激に冷え込んできた昨今。
それも余計に寒さがきつくなる深夜、俺は寝酒を買いにコンビニへ出かけた。最近、寝つきが悪くて酒を飲まないと眠れないのだ。
(だーれもいないなぁ)
歩道の真ん中をとぼとぼ歩きながら思う。すれ違う人も車も、なにもない。
信号機だけがチカチカと明かりを灯している。
この世界で生きているのは俺ひとりだけのような気分になる。
「……まるで異世界に来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ」
誰も見ちゃいないからって変なことを言いながら歩を進め、コンビニで酒を購入して帰る。
その帰り道、近くの駐車場に立ち寄った。
「おーい、リンリン! リンちゃん? いるかー?」
4、5台、車が停めてあるだけのなんの変哲のない駐車場に向かって声をかける。
しかし応答はない。
「リン? リンリーン?」
ついに気が触れたわけでもないし、ましてや呪文を唱えているわけでもない。
(今日はいないのか……?)
そう思いかけたその時、
チリリン……
鈴の音が聞こえ、車の影から一匹のミケネコが姿を現した。
「リンちゃん! ほら、おいで」
その場に屈んで、ほれほれとミケネコに向かって手招きする。
「うにゃあん」
チリンチリンチリンと首輪につけられた鈴を鳴らしながら寄ってきたミケネコのリンちゃんに人差し指を差し向ける。
リンちゃんは俺の人差し指をスンスンと鼻で嗅ぎ、その後、くしくしと口元を擦りつけ始めた。
「はは、カワイイのう」
ミケネコのリンちゃんは地域ネコなのか、はたまた飼い猫だけど外飼いなのか、それは不明だけど、この駐車場によくいた。
出会ったばかりの頃はお互い警戒していたけど、何度もニアミスを繰り返すうちに、いつしか仲良しになっていた。ちなみに本名は分からない。リンちゃんという名前は、鈴の音がリンリンリンって鳴るから、俺が勝手につけているだけだ。
「リンちゃんは、なんでいっつも駐車場にいるん? よっ、と」
通じるはずもない質問をしつつ、リンちゃんを抱きあげる。
「んんんんん……」
抱っこした腕の中で暴れるリンちゃん。抱っこされるのが嫌いなのだ。分かっているのに愛らしくてついついやってしまう。
「あー、ごめん、ごめんよ」
嫌がっている人や動物を痛めつける趣味はないので、即座に地面におろしてあげる。
「にゃっ、にゃっ」
嫌われたかな、と思ったら、そんなことはなくて足元に顔を擦りつけてくるリンちゃん。そういうところがたまらなくキュートだ。
「さて、と……」
手に持っていたビニール袋の中から宝のチューハイ缶を取り出す。
「んにゃあっ!!」
「あー、違う違う、これお酒だから」
なんかくれんのか!? とハイテンションで寄ってきたリンちゃんを諭し、プシっと缶をあけて酒を飲む。
(本当は、ちゅーるやカリカリをあげたいんだけど……)
首輪と鈴をつけている以上、リンちゃんは誰かの飼い猫だ。俺が無責任に与えたものが原因でお腹をこわしたりアレルギーにでもなったりしたら、俺には責任の取り様がない。
俺が何も与えてくれないと分かると、リンちゃんは素気なく俺から遠ざかり、少し離れた位置で毛づくろいを始めてしまった。猫とは現金な生き物だ。
「リンちゃんが人間の女の子だったらなぁ……」
軽く気持ち悪いことを呟く。いや、それでも同じか。責任をとる覚悟もなく何も与えず、ちょっかいだけだして、結局なにもしてくれないやつなんて誰からも好かれるわけない。
『あなたとわたし』 『リンちゃんと俺』
対人の人間関係でも当てはまるのかと思うと、ちょっと悲しくなった。
11/7/2024, 3:30:48 PM