川柳えむ

Open App

 小さい頃から兄と比べられてきた。
 天才肌で何でも卒無くこなす兄に比べ、努力してようやく一人前だ。コミュニケーション能力だって持ち合わせている兄、僕も頑張っているが上手く出来ている自信はない。
 僕の一番好きな時間は夜だった。夜というより、夢の中にいる時間が好きだ。
 いつからだったか、夢の中を自由に動けるようになっていた。明晰夢と言うやつだ。元々夢を見るのが好きだったが、それからより楽しくなった。
 夢の中でなら、好き勝手できる。僕も優秀でいられる。兄と同じくらい、いや、超えるくらいに上手くいっている。
 今日も寝る前に薬を飲んだ。早く眠りに就きたいし、なるべく長く眠っていたいから。
 夢の中に好きな人が出てきた。現実の彼女は、兄の恋人だった。
 夢の中では、兄と彼女は付き合っていなかった。むしろ僕と仲が良い。
 気付けば彼女と良い雰囲気になっていて、僕は今だと告白しようとした。
 なのに、そこで目が醒めた。いや、起こされた。よりにもよって、兄が起こしに来た。邪魔をされた。
 あれが夢だと理解っている。だからこそ、せめて夢の中だけでも良い思いをさせてくれたっていいじゃないか。
 僕を起こすと、兄は部屋を出て行った。
 その背中を見送り、再び眠りに就こうとしたが、今度はなかなか眠れない。すっかり目が冴えてしまった。
 なぜ夢の邪魔をするんだ。許せない。現実が、何もかもを邪魔をしてくる。
 薬をたくさん飲んだ。深く眠れるように。
 今度こそは夢が醒める前に伝えたい。夢が醒める前に兄を殺してやりたい。夢が醒める前に、いや、夢の中で、優秀な僕と僕のことが好きな君とずっと一緒にいたい。
 どうか、このまま夢から醒めませんように。


『夢が醒める前に』

3/20/2024, 10:53:54 PM