Leaf

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漕ぐ者もいないのに何故か きいきいと寂しげな軋んだ音を鳴らし前後に動く孤独な遊具。

かすかに積る雪に覆われ周りは白く染め上げられている。一人分だけ残された小さな足跡はこの寒い中遊んでいたであろう子供の存在を残す。



この年になれば公園の中へ入ることはおろか視界へ入れることすらも無いに等しい。忙しない日々の中で視線は自然と下がり,どこか不思議な魅力を放っていたその場所は認識されることも無く過ぎ去ってゆく。

滑り台もブランコもシーソーも在りし日に遊んだ思い出のひとつ。今では遥か彼方の過去となりかわった。


それでもここへ足を踏み入れたのは,銀世界の中の公園があまりにも眩しかったから。キラキラと光を反射するそんな白の中たたずむ遊具に心を奪われたから。

ほんの10年前まではしゃいでいたはずの そんな空間。夕暮れに染められるまで飽きもせずただ時間を過ごした。

確かにあの頃とは変わっている。遊具自体も塗装の色も。似ているところを探す方が難しいかもしれない。それでも,同じ雰囲気が空気が流れていた。


だからだろうか,無性に懐かしい気持ちを感じるのは。久しく忘れたはずの思いが蘇るのは。



丸太をモチーフにした椅子に荷物を預け,足跡をなぞるように動きを止めたそれに近づいてみる。

そっと 大切なものに振れるように冷たい鎖へと手を伸ばす。体温を奪ってゆく金属独特の硬い感触。錆びたような香りが指先へとまとわりつく。


おそるおそる 鎖の繋がった板に体重をかけ眺めた景色。椅子に座るよりもなお低く見上げた空はいつもよりずっと青く高い。ふっ と小さく息をついて,確かめるようにもう一度鎖を握りながら 軽く地面を蹴る。

その瞬間 揺れて流れる景色。前後にゆっくりと周りの物達が動いてゆく。思うよりはずっと早くて高くて妙な興奮に襲われる。

このままどこまでも行けるんじゃないかって そんな錯覚を覚える。思い出に刻まれた 遠いいつかの記憶。それはまざまざと蘇り襲うようにして感情を揺さぶる。


「たの しい」

こんな感情はもうずっと感じてこなかった。そんも得も何も無いただ純粋で自然な思い。ただ純粋で自然な思い。どこまでも自由で可能性にみちたそんな 悦び。

ついさっきまで酷く小さく見えていた空間が箱庭が,果てのない開かれた場所へと様変わりをする。


そうだった。世界は広くて美しくて 不可思議な魅力を放っていた。とらわれることも無く好きなだけ駆けてゆける遊び場だった。

自由になったはずの身はいつの間にか不自由になってがんじがらめで,忘れていた。翼はあった,空はひらかれている 未来は明るく夢に溢れる。なんだってできた。


「変わったのは自分か」

世界はこんなにも同じだ。さっきと今では,数分では変わらない。それでも見えている景色は違う。


「また来よう」

この思いを失う前に。今度は,滑り台に乗ってもいいかもしれない。もしくはジャングルジム。一つ一つ大切に思い出をなぞるように。




テーマ : «ブランコ»


2/1/2023, 12:46:59 PM