はす

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手紙を開くと

拝啓

新緑の候、いかがお過ごしでしょうか。早くも夏の気配を感じる日差しに、過ぎ行く春を恋しく思います。桜ももう、とうに散ってしまいましたね。そちらの様子はどうですか。夏の芽吹きは綺麗でしょうか。
貴方と最後に会ったのは、もうずいぶん前ですね。それぞれ離れた所に居ますから、仕方がない事だとは分かっているのですけれど、やはり会えないと言うのは寂しいものです。貴方と話がしたい。他愛の無い事でも良いから、と時折考えます。
この手紙を出したのは、ただ貴方に手紙を出したい、と思ったからです。安直すぎるでしょう?でも私にはそれ以上でもそれ以下でもないのです。ただ、貴方と言葉を交わしたいと思いました。何でも良いのです。最近あったことでも、美味しかったものでも、綺麗だったものでも、何でも。貴方が見た世界を、貴方の言葉で綴ってはくれませんか。私もきっと、私の言葉で私の見てきた世界を貴方に送りましょう。ゆっくりでも構いません。貴方からの返事を心待ちにしています。
突然の手紙で、本当に申し訳なく思います。最後に一つ、手紙と共に私からささやかな贈り物を送ります。手紙を開いた時の貴方の顔を見れないことだけが口惜しいですが。それでは、くれぐれもお体には気をつけて。

                       敬具


懐かしい字をなぞると、インクで指が少し黒くなった。封筒の中から、はらりと何かが落ちてきた。
「桜…」
淡い桃色をした、桜の押し花だった。そうっと破けぬ様に拾い上げて、光にかざして見ると、薄らと光を透かして淡い色に見える。手紙を開くと、入っていたのは、貴方からの言葉と温かな春の思い出だった。
「綺麗」
桜の押し花をつまんで、空に透かして見る。指にはインクの黒がついたまま。桜の花を縁取る、かすかな真夏の気配を纏う空の先に、春の淡い景色を見た。

5/5/2025, 12:21:20 PM