“窓越しに見えるのは”
窓越しに見えるのは、真っ暗な夜空だ。見える範囲に月はなく、遠い遠い宇宙の先にある星たちだけがぼんやりと光っていた。星が瞬くその様子が、宇宙の真ん中で何度も見てきた命が消えていくその瞬間をフラッシュバックさせる。瞬く度に脳裏を過る、帰ってこない仲間たちの顔と、自分が撃った見知らぬ誰かの最後の瞬きを追い出す様に、グラスに残っていたウイスキーを飲み干した。
『考えたって仕方ない。帰ってこないものは帰ってこない』骨も遺品も埋められていない、ただ名前が刻まれただけの墓石の前でウジウジとしゃがみ込んでいた俺に向かって吐き出されたアイツの言葉がふと蘇る。俺は俯いていたからその顔は見ていなかったけれど、しばらくしてアイツが立ち去った後に見た地面には、水滴が染みが残っていた。
そういえばあの時、アイツはどんな顔をして涙を流していたんだろう。今になってなんで突然そんなことを思ったのかはわからないが、急に気になってしまった。激情家のアイツらしく怒りに満ちた顔をしていたのだろうか。淡々とした口調の通り澄ましたよそ行きの顔を取り繕っていたんだろうか。昔、一度だけ見たことのある感情を持て余してどうしたら良いかわからなくなった様な、迷子の様な顔をしていんだろうか。
色々な顔を当てはめていくけれど、どれもしっくりこない気がする。あれ以来、弱気になったアイツを見る機会は一度もなく、あの時にそんな余裕はなかったけれど、一目見ておけば良かったと少しだけ残念な気持ちになりながら席を立った。
空のグラスを片手にキッチンへ向うと、どうやらキッチンに置きっぱなしになっていた端末がピコピコ光っているのが見えた。どうやら今まさに考えていたアイツからのメッセージの様だった。
グラスいっぱいに氷を入れてウイスキーをグラスから溢れそうなほど注いでテーブルに戻る。メッセージにはそろそろ帰るという素っ気ない一言と共に、いったいどこから撮ったのかクソでかい月の写真が添付されている。
ウイスキーを啜る口元がムズムズして仕方がない。誰かが昔、アイツのことを月の様に冷たい奴だとそう言っていたが、俺にとってもきっとアイツは月の様な存在だった。暗くて前が見えなくなりそうな夜道を真っ直ぐ向かう場所へと導く月の光の様だ。
窓越しに見える夜空にはいつの間にか月が顔を見せていて、いつにもまして煌々と夜空を照らしている様に見えた。
7/2/2024, 7:09:35 AM