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早番の私は入居者の昼食介助を終えると納戸に向かった。普段はビニール手袋等の在庫補充のためだが今日は違う。納戸の奥のクリスマスツリーの隣にある段ボール3箱を運ぶためだ。取扱注意と書かれた見た目ほど重くない段ボール。その中には雛人形が入っている。7段の、本格的なやつが。
日勤の城田さんと、数ヶ月前クリスマスツリーが飾ってあった和室の一角で飾り付けが始まる。さて、どこから手をつけるのだったかと軽く逡巡する私の横で「この前のツリーも私たちでしたよねぇ」とか言いながら、城田さんは長い段ボールを開けた。ステンレス(?)の古めかしい色した骨組みが顔を出す。この色、去年と変わりないなとか思いながら手を取る私の横で、慣れた手つきで組み立てていく城田さん。テキパキ具合に、これが若さか、と検討違いな賞賛を送る。
赤い布で骨組みを隠し上から画鋲で止めれば、この時点でお雛様が見えてくる。何も並んでいないにも関わらず、だ。
見慣れた男雛・女雛、ひなまつりの歌でしか覚えのない三人官女や五人囃子、歌ですら覚えのないおじさん達を取り出し、顔を覆ってる白い紙をとり、帽子を被せ、太鼓なんかを持たせていく。
雛人形は顔が違うって聞いているけど、左大臣のおじいさん以外は真っ白い顔をしていて、よく見ても皆んな同じに見えた。よく見なくてもポーズが違うことはわかった。並び順なんかわかるはずも無いので、昨年の写真を参考に並べていく。
下段の方の嫁入り道具を並べる城田さんと「城田さんなら茶道具とかどこに並べるかすぐわかりそう!」「まさか!無理です」「覚えられませんよね」「ね〜むり〜」って話しながら。

入居者のおじいちゃんおばあちゃんは何人かが居間に残り、私たちの飾り付ける雛人形を「かわいいねぇ〜〜」なんて言いながら見ていた。私たちが可愛いわけではない。わかっているがあえて言っておく。
最後に屏風を飾り付け、ぼんぼりのスイッチを入れる。
「素敵ねぇ」と歓声があがった。

ひなまつりの当日は、桜もちを刻んでおやつとして出して、ひなまつりをみんなで歌い、Vサインの娘さんと入居のおじいちゃんのニコニコを写真におさめた。あぁ、女の子のお祭りとかいうけど、歳とると関係ないなぁと温かい気持ちになった。

温度も湿度も保たれた快適な室内。
一定で変化の少ない私の職場に、春の訪れと彩りと笑顔をくれる。
それが大人になった私の「ひなまつり」

3/4/2024, 7:13:16 AM