とと

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自動ドアが開くたびに激しい雨音が店内へ侵入してくる。
台風の進路は予報より遅れてマイペースに日本列島を北上しているらしい。
コンビニでのアルバイトは大学入学と同時に始めたのでもう3年目になる。
シフトは夕方の5時から夜の10時。
このあたりは数年前に開発されたエリアらしく、美容室やレストランなどいずれも新しくて垢抜けた店が立ち並んでいる。
そうした場所のせいか暗くなるとお客さんはあまり来ない。
今も店には私1人だけだ。
私は入口の方へ目をやり「床がぬれています。足元注意!」の黄色い立て看板が出ていることを確認する。
店内には「少年時代」のクラシックバージョンが流れている。

そういえば今日はいつも来るお客さんが来なかった。
40代後半から50代前半くらいのサラリーマン風の男性。
背格好がシュッとしていて縁無しの眼鏡をかけている。
そしていつも数百円分のおやつを買っていく。
来るのは大体5時過ぎだ。
買ったら店の外でぱっと食べて、店内のゴミ箱にゴミだけ捨てていく。
最近はもっぱらアイス。
センタンのアイスキャンデーミルク味。

あの日も今日と同じような雨だった。
そのお客さんは一見いつもと変わらないように見えた。
ただ一つだけ、その足元がいつもと違っていた。
靴がいつのも黒い革靴ではなく農作業用の長靴だったのだ。
全体が黒地でつま先や足首のあたりに細く鮮やかな黄色のラインが入っていた。
長さは膝下まであって、靴下が濡れる心配はほぼなさそうだった。
おまけに長靴の履き口の部分は紐で足に合わせて細く絞れるようになっていて、それもしっかりとスラックスの上から絞ってあった。
一度気がつくとその長靴から目が離せなかった。
黒と黄色のコントラストがよく効いていた。
そして異様なはずなのに完璧に履きこなしていた。
これが正解なのだ、と思った。
思わされた。
不思議な光景だった。
一種の感動を覚えた。
そしてなぜか 彼は良い人に違いない、と思った。

店内には「君は天然色」が流れている。
外は相変わらず雨が降り続いている。
バイトが終わるまであと1時間と少し。
私はもう一度、足元注意!の立て看板を確認する。
バイトが終わったらアイスキャンデーを買って帰ろうと思う。

8/29/2024, 2:10:49 PM