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子猫。
小説。










 俺に唯一懐いてくれた猫がかわいくって、スーパーでちくわを買ってきては、食べさせるということをしていた。

 となりの家のわるばばは「ちくわなんて辛いもんやるな!」とか「放し飼いにするな!」とかガミガミ怒るけど、俺はいつも聞き流している。

 俺から逃げなかった猫なんて、はじめてだ。
 俺はあばれる猫の腹に顔を押し付ける。どくどくどくどく、人間よりずっと早い心臓の音がした。
 うすいお腹。
 あっという間に死んじゃうんじゃないだろうか。
 わるばばに相談すると、「……動物病院で定期検診を受けさせるんだよ」といわれる。金ない……とメソメソしていうと、また怒られた。

 俺が地元に帰ったときは、わるばばがちくわの面倒をみていてくれたらしかった。
 人類はびっくりするほど猫にやさしい。
 俺と顔を合わせるたび「へっ!」とガンをつけてくるわるばばが、ちくわにはめろめろで、猫なで声を出している。

「ちーちゃん、そこにいるのよ。お兄ちゃん帰ってくるからね」

 と、わるばばの声がしてから、扉が開いた。
 俺の顔を見て、わるばばが「へんっ!」と唇を歪めた。

「これ、おみやげ」

 ちくわを世話してくれたお礼を兼ねて渡すと、わるばばはじっと警戒の目で俺を見てから、俺から紙袋を受け取った。目の前にあっても、おみやげを買ってきてもらえたとは信じきれていないようだった。
 実家に帰れ、っていったのはわるばばなのに。
 中を覗き込んでから、「こんな量ひとりで食べきれるわけなきゃろーが……」といった。

 たまに顔も見せんなんて、親不孝モンや! と、わるばばにいわれたことがある。
 ほかにも、ごみを分別しないだの、夜遅くにうるさいスポーツカーで帰ってくるだので、俺はわるばばに嫌われている。

「|子乃《ねの》さん、明日は買い物は? 車を出してあげる」
「いらね、んなもん」

 わるばばめ。
 子乃さんはそっぽを向く。
 俺はボロボロで古びた子乃さんの家に、この夏、エアコンを設置してあげた実績がある。

「こたつは出した? 俺がまたやってあげるよ」
「あんたがこたつに入りたいだけで、しょっ」

 といって、子乃さんはおみやげも受け取らず、扉も閉めず、部屋の奥へもどってしまう。

「子乃さん、ぽっくり逝っちゃいそうなんだもんー。ねー。交通事故とか、餅つまらせるとか、凍死とか」
「うるさいわねっ」

 子乃さんは黙ってやかんを沸かしはじめた。
 俺はまごまごと靴を脱ぎ、家に上がる。子乃さんのお茶の準備を手伝った。
 ちらっと見えた部屋の奥は、こたつが出ていた。
 きっと、あの中に猫がいるんたろう。





11/16/2024, 9:17:22 AM