ほおずき るい

Open App

上京して1年半、お父さんお母さんはいかがお過ごしでしょうか。私、山本輝子は家につくなり傷だらけの強面に脅されています。

「う、動がげでくださいぃぃ...!」
「あだだだだだ」
…そして何故か手当をしています。

「いやー助かったぜ嬢ちゃん!嘘見てぇに体が軽いのなんの!」
「はぁ…一体何でわたしの部屋にいだのが聞いても?」
ずり落ちたメガネを直して割れた窓ガラスを拾い集めていると強面の人はぱちんと指を鳴らした。すると床に散らばった窓ガラスが震え始め、浮かんでいって元通りになった。

「オレ、ヴィランってやつ」
ニコッ

「しかも魔法が使えちゃう」
とんでもないものが家の窓を蹴破って来たようです。

「だーいじょうぶだって!そんなびびんなよぉ!オレってヴィランだけど根はいいヤツなんだよ!ってそれ自分で言うやついねぇか!」
がはは!と笑う陽キャは言われてみれば確かにニュースで見るヴィランにそっくりだった。でもニュースで見るヴィランとは明らかに性格が違うのはなんでだろう?

「んだども…じゃなくて、でも性格ぜんぜん違うじゃないですか」
「お?標準語じゃなくてもわかるから方言でも全然オレ的にはオッケーだったんだけどな〜」
「質問に答えてください!」
「うーん…それさ、初対面で聞いちゃう?」
「治療したお礼と思ってください」
「それ言われちゃなんも言えねぇじゃんか〜」
頭の後ろで腕を組んだヴィランさんはうーんとひとしきり悩んだあと、指をぱちんと鳴らした。

「そーだ!オレ達付き合わない!?」
「…っは!?」
「いいじゃんいいじゃん!オレってば秘密主義の極まりだけど彼女にだったら全然教えちゃうよ〜?君はオレのこと知れて嬉しい!オレは彼女ゲットできて嬉しい!ほーらwinwinじゃね!?」
ねーいいでしょ!と、うるさく騒ぐヴィランさんの圧に負けるようにしてなぜかモブに過ぎない私はニュースを独占するヴィランと付き合うことになった。

「やっぱ初めての第一声って挨拶だよね?ってことでオレは田中治郎、に見せかけた辻秀樹だ。ヴィランじゃないときのあだ名はヒトデ。よーしじゃあ次君の番!」
「う、私は山本輝子、あだ名はモブ子、です…?」
「モブ子?なにそれ」
「イニシャルがMとBだからモブ子らしいです。まぁ、脇役の私にはぴったりですよね」
かつての同級生はみんなヒーロー養成所とかサポート専門学校とかに行ったのに私は普通の大学生。主役になれなかったただのモブ。まさか今更そのあだ名がこんなにも胸に刺さるなんて思ってもなかった。
これもそれも全部この辻秀樹とかいう人のせいだ、なんて心のなかで八つ当たりしていると秀樹さんは嫌に真面目な顔をし始めた。

「この世界に脇役はいない。誰もがこの世界では主役だ。数多のヒーロー、数多のヴィランでこの世界は構築されている。そりゃぁもう嫌になるくらい絶対的なルールによってな。だから君もヒーローか、嫌かもしんねぇけど、ヴィランだ」
「…じゃあ貴方はいやいやヴィランをやっていると?」
妙に説得力のあるような神妙なセリフにちらりと反抗心を見せた返事を返すと一瞬の空白が過ぎてから秀樹さんはごまかすような笑いとともに立ち上がった。

「その質問はちょっと早いんじゃねぇの〜?テルちゃんってばせっかちなんだから〜じゃ、オレはそろそろいくよ」
ベランダの窓をガラッと開けると枯葉色の風がカーテンを巻き上げて、まるでヒーローのマントのように秀樹さんに絡みついた。

「傷の手当、サンキュね」
カーテンが垂れ下がる頃には、ベランダにはまん丸の月が浮かぶ淡白な東京の夜景が彼を隠してしまった。

それからずっと秀樹さんは私のアパートにやってきては数十分話して、11時前にはベランダから姿を消した。ときには怪我をしていたり、ときにはお土産を持ってきたり(良いものも悪いものもあった)。電気をつけない月明かりが頼りの部屋で二人床に座って話す時間は日常に溶け込んで、いつしか習慣になった。

いつも来るものだから、私は日が出ているときに軽くつまめるおやつを買いに行くようになった。
でも、今日は運が悪かった。ヴィランとヒーローが対決しているところに遭遇してしまった。でも、不幸中の幸いっていうのか、彼らの対決はもうすぐ終わりそうだった。

「ッヒーローさんよぉ!!勢いがなくなってきてんじゃねぇのぉ!?悪を倒し、みんなを守るんじゃなかったっけかぁ!?」
「黙れこのヴィランめ!お前の悪行を止めるためにみんなで技を磨いてきた!いま!その技を発揮する時だ!行くぞ!みんな!」
「「「ああ!」」」
カラフルな衣装を身にまとったヒーロー達は声を揃えて一つの弾丸のような鋭い攻撃を放った。
その弾丸は外れることなくヴィランの心臓に突き刺さり、ヴィラン、秀樹さんは地に倒れた。

「秀樹さん!!!」
自分からは考えられないほど甲高く、ひび割れた声が出た。
ガタガタになった地面に足を取られながら体の末端から光の粒子になって空に向かっていく秀樹さんに駆け寄り、手を取ると秀樹さんは目を細めて笑った。

「お、テルちゃんじゃねぇか...カッコ悪いとこ見られちったなぁ...いや、ヴィランなら見せ場か?なんにせよ、オレは君のヒーローには、なれなかったけど...君を想う1人には、なれてっかなぁ...」
「あなたは...!間違いなく私の英雄でした...!たった1人の、かけがえのない...!」
ボロボロと溢れる滝のような涙の向こうで秀樹さんは一瞬驚いたような顔のあと光の中で笑って瞬きのあと、日の光に完全に、影もなく消えてしまった。

「あぁ…あぁぁ…!あぁぁぁぁぁ…ッ!」
ヴィランが死んだ事を悲しみその場にうずくまっている風変わりな私を周りの人間は立ち上がらせようと手を差し伸べる。その手を振り払い、私は日の下で声が枯れるまで泣き続けた。誰一人彼のために涙を流さない冷酷な世界の代わりに堂々と。

4/3/2025, 8:22:20 AM