突然の君の訪問に、私はなんとも言い難い感情を体の中に留めることが出来なくて吐きそうになった。
「会いたくなかったのだけれど、あいにきてしまったよ。」
そう、以前と何ら変わらない美しい顔で笑う彼に、
「私だって会いたくは無かったよ。」と、笑顔で吐き出した。
「それで、何故今更会いに来たの。」
うーん、と悩む素振りをする彼の動きに合わせて、さらさらと流れる胡桃色の髪の毛をただただ眺めている私は肩まである髪の毛は前と変わってないんだね、なんてそんなことを思っていた。
「夢から醒める時がきたって感じかな。」
彼の目が私を見る。
瞳の色が、少し変わっているような気がした。やっぱり恋とか愛とかいう情はやはり厄介なフィルターがかかるみたい。
「夢から醒める時が、ねぇ。私は醒めたい訳では無いのだけれど。」
「ふぅん。それはどうして?」
「夢は私に幸せを見せてくれるから。」
彼の目をしっかりと見て伝える。美しさに恐れをなして、逸らした以前の私はもう居ない。きっと、この美しさは蜃気楼なのだから。
「そう。だけども、夢は夢だから何時かは醒める。」
「そうだね、でもそれは今じゃない。」
「全く君は。以前と変わらず頑固者だねぇ」
「そういう私が好きだった癖に」
そりゃあ、と頬を少し赤らめる少しだけ胸が高鳴る。
あぁ、もう。こんな情は捨てたいのに!
「ねぇ。今でも私の事好き?」
彼の冷たい手に私の手を重ねる。
びくっと体を跳ねさせた彼に合わせて髪の毛も動く。ふわふわ、さらさらと。私が猫だったら君の髪を猫じゃらし代わりにするなぁ、なんて思ってみたり。なんてね。
「そりゃあ、好きだよ。」
「じゃあ、」
「だけどね。だけど、それはもう終わりなんだ。」
言い聞かせるかのような終わり、という言葉に喉が閉まる。
息が上手く出来なくなるような感覚がする。嫌いだ、この感覚は。ずっと前にも感じたことがあるから。
「終わりなんだよ。僕達は。」
「…ふふ。あーあ、やっぱり君も私と同じくらい頑固者だなぁ。」
「でもそんな僕が好きだったでしょう?」
「うん。好き、だったよ。」
本当は、今でも好きだけれど、だけどもそれじゃあきっと私たちは前には進めない。2人で見つめて笑い合う。それが合図になる。私たちは昔の頃のように、おでこを合わせあった。
「おはよう。僕の愛した人。」
彼の美しい目がキラキラと光る。その中にきっと私の好きも入っているけれど、見えないふりをした。
「うん。おやすみ。私の愛した人。」
夢から醒めた私は、久しぶりに感じる体の重さに少しのだるさを感じながら目を開けた。
真っ白な空間に、私の生きている証を刻む音。
私を起こす為に来た彼はきっともう目を醒さない。二度と会うことも無いかもしれない。けれど、それでも、辛くても泣きたくても生きるから、何時か会えたその時は君の「おやすみ」を聞かせてね。
8/29/2023, 5:23:41 AM