白眼野 りゅー

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 生命の根元的な安堵感を呼び起こすような、同時になにか、本能的な恐ろしさを掻き立てるような。君の瞳は、そんな深い深い青色をしていた。


【青く深く沈んでゆく】


「ねえおばあさん」
「誰がおばあさんだ」
「おばあさんのお目目は、どうしてそんなに綺麗なの?」
「……心が澄んでるからじゃない? 自分の彼女をいきなりおばあさん呼びする君と違って」

 電灯の光を反射させて僕にぶつけるみたいに、君はその瞳を僕に向けた。

「おばあさんのお目目は、どうしてそんなにぱっちりしてるの?」
「昨日睫毛サロンに行ったから。気づくなんてやるじゃん」

 さらりと長い君の睫毛は、世界一美しい青を飾る額縁にこれ以上なく相応しい。

「おばあさんのお目目は、どうしてそんなに深い青色をしているの?」
「目の話ばっかりだねさっきから!? 赤ずきんってそんな感じだったっけ!?」
「別に赤ずきんごっこはしてないよ」
「じゃあなおさらなんでおばあさんって呼ぶんだよ」

 青色の瞳。君がまばたきをすると、一瞬世界に夜が訪れたと錯覚する。空と同じ色をしているから、こんなにも安心するのだろうか。

「ねえ、どうしてそんなに深い青色をしているの?」
「うーん……」

 一歩。君が詰め寄るようにずいと僕に近づく。僕の視界を、青色で埋める勢いだ。

「海みたいでしょ」

 僕が空と思っていたそれを、君は海と呼んだ。少し想定外で、返答が思い浮かばない。

「海の青に、君が浮かんでいる」

 言葉通り瞳の中に僕の困惑顔を映し取って、言葉を継ぐ。

「たとえば、私の目に映る君が後ろ姿になっても。たとえば、その背中が離れていっても。私が君を見つめる限り、君の姿は私の海の中にある」

 君の目に映る僕の像が、君のまばたきで閉じ込められるようだった。

「そして、君が私から離れれば離れるほど、君の虚像は私の目の奥深くに沈んでいく」

 海の色。深海の青。遥か昔、僕らの祖先が生まれた、始まりの場所の色。だから、君の持つ青は安心するのかと思った。

 ……今の人間の科学力では完全に暴くことのできない未知の色だから、こんなに恐ろしいのかと思った。

「だからね、私の目が青いのは、君を沈めるためだよ」

 ああ、狼なんかよりずっと、強欲じゃないか。

6/30/2025, 1:54:39 AM