郡司

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雪。
私は「雪女」だ。何の気なしに外に出ると雪が降る。終日晴れの予報でも雪が降る。ひとり雪まみれになって、帰ると晴れる。少し前も、私の居るところに「ミニ低気圧」が現れて、ホワイトアウトが一日続いた。冬じゃなくても、「ママ、傘を持って行ってね」などと子どもに言われる。今日は雨降らないってお天気お姉さんが言ってたよ、と返しても「それでも、ママが傘持たないでお買い物行くと雨が降るんだよ。傘持って行ってね」と来る。若い頃、私が自分の車を洗車すると、それを知った周りの者達がブーイングした。「お前が洗車した後は絶対に雨が降る。今日は自分も洗車したのに、なんて事をしてくれるんだ」と。
…それなら、みんなで雨でも雪でもくらおうじゃないか。白魔が来るわけじゃないから誰も死なないぜ。大丈夫だ問題ない。

白魔とは、ただのホワイトアウトではない。次元の違う恐ろしいものだ。白魔が来る予兆を感じる野生動物達は、みんな急いで安全確保に走る。私が白魔に巻かれたのは、ひとりで外で遊んでいた10歳の冬だった。

聞こえ始める音、急激な空気の凍て付き、山の木々が大きく揺さぶられて立てる轟音の近づいてくる緊迫感、何が来たか解る間も無く真横からブラストしてくる雪と氷の圧倒的な剛力。真っ白な目も開けにくい風速、自分の周囲全てで風と大気がゴオゴオと大音で鳴り、生きものの本能が危機を感じ恐怖が湧く。白魔に出会ったら、2~3分以内に対処し始めなければ命を落とすと言われている。これは本当にそうなのだ。

子供の私の直覚に、白魔が問うた気がした。「生きるかやめるか今決めろ。やめるならここに居れば良い。生きるならとっとと帰れ」と。
当時いろいろあって毎日悲しかった私は、数瞬考えてしまった。ここに居ようかな…と。しかし、本当に胸を痛める人が少しだけ居るから戻らねばならないと結論して、子供なりの土地勘を手繰り寄せながら祖父母の家の玄関の中へたどり着いた。しばしその場で息をつき、手足の感覚が戻って、家の中へ入った。今振り返るとギリギリだったんだなと思う。

空から降ってくる六花。一つひとつ同じものの無い精緻な美。脆く儚い芸術的造形は優しい顔をしている。一方で、動物の体温を瞬時に剥ぎ取ってしまう圧倒的な恐ろしさを顕しもする。それでいて、どうするか選択するわずかな隙間も内包している。
その美しさに喜び、その恐ろしさに留意し、齎される豊穣を享受する人間達は、各地で雪の女王を想像した。

それにしても、今年の雪は重い。全身筋肉痛だ。

1/7/2024, 12:19:53 PM