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ずっと隣で


その人は夜が嫌いだと話した。理由を聞けば、彼女は優しく微笑んで教えてくれた。
「だって、みんな寝ちゃうでしょ?」
ひどく当たり前のことだけれど、彼女にとっては当たり前ではなかった。
彼女は遠い昔にご先祖様が呪いにかけられたと言った。その呪いは100年に一度だけ眠ることのできるもので、それ以外はずっと起きておかなければいけないものだった。さらにはその眠りもいつ目覚めるかは誰にもわからない。たった数日のこともあれば、何千年と眠り続けることもあるのだ。
そんな呪いが彼女にも受け継がれているようで、実は数えるのが億劫になってしまうほど長生きをしているらしい。見た目はあまり年を取っていないから、まだ若いとは思うけれど。
「私は眠らないから、夜は好きじゃないなぁ」
そんな寂しそうな声が夜空にとけて、思わずその手を握った。
「じゃあ、ずっと起きてるよ。君が寂しくないように。たとえ君が眠りについても、ずっとそばにいて待ってるから」
そう真剣に言えば、彼女は楽しそうに笑った。
「無理だよ。きっと眠っちゃうし、人間はそんな長生きできないだろ?」
その言葉に少しだけムッと顔をしかめれば、彼女はやっぱり笑った。
それからは、ずっと眠らずに彼女と話をしていた。優しい朝焼けを見ながら、青空に手を伸ばしながら、夕暮れに懐かしさを感じながら、月と散歩をしながら。来る日も来る日も彼女と共に過ごしていた。
そんなある日、彼女はゆっくりと目を閉じて眠りについた。いつ起きるかなんて、誰にもわからないから。彼女が眠る横でずっと待っていた。その瞼が開くまで、その瞳でこちらを見てくれるまで、ずっと待ち続けた。

日を数えるのが億劫になってしまうほど、月日が経ったある日、彼女はようやく目を覚ました。おはよう、と声をかければ、その目を大きく開かせて驚いた。そして、その瞳から涙が流れ落ちる。
「なんで、泣くの?」
「……だって、目が覚めたら世界はいつも変わっているから。知っている人はいないし、知っているものも少ない。だから、嬉しかったの。あなたがいてくれて、ずっと隣で待っていてくれて、ありがとう」
泣きながら笑う彼女をそっと抱き寄せて、その涙を拭う。
きっと彼女にはもうバレているんだろう。僕が人間ではないことを。それでもきっと僕らは、互いの隣を選ぶんだろう。


3/13/2023, 2:29:51 PM