あやや

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「君は、何がしたかった」
 それは、あんまり大声ではなかった。街の中でそんな声をあげても、本当はきっと誰も気付きはしない。だけれど今日は全てが違って、その街は喧騒を全て取り払い、静寂にその  ビル群を全て浸からせていた。
 そして、彼の声に少女は振り向く。……否、それは性別などという概念は超越している。他のなにものよりも美しく、美しいという言葉を脳に直接語りかける。
 それは返事を返さない。ただ、そこに在るのみである。
 彼はその存在の詳細を知らぬ。ただ、それは全てを超越した上位体であり、人智の及ぶものではないことだけを理解している。
「世界は終わるんだろう。君の手で」
 また彼は続ける。やはりそいつは答えないのだが、彼はその姿からひとときも目を離すことはなく、ただ見つめるのみである。
 空に雲はなく、気持ちのいいほどの快晴で、その空の下においておそらく人類はすでに彼しかいない。それは錯覚なのかもしれなかったが、少なくともこの街にはもう人はいないのだ。
「錯覚ではありません」
 ああ、心まで読めるのか。彼はうんざりして息を吐く。
 いいやそれは、本当は大した問題ではない。問題は何故彼だけが生きているのかだった。
 彼は鬱鬱とした男であった。安アパートで日々を過ごし、薄い壁の向こうから聞こえるアベックの声に苛立ちを覚えた。仕事はもちろん安月給で、色んな費用を切り詰め、なけなしの貯金をした。彼はその人生に飽き飽きとして、世界が終わればいいのにと考えていた。
 だから、世界が終わるのならば自身も一緒になくなって仕舞えばいい。なのにこうして1人、誰もいない伽藍堂の庭で放たれ、行く先を失っている。
「君はこの世界に選ばれました」
 そいつは続ける。
「人類は地球を滅ぼします。それを憂いた星は新たに再編することをお決めになりました」
 そう言った途端、囲まれていたビル群は全て消え去る。地面に敷かれていたアスファルトは消失していき、彼の足元に湿りが現れる。その湿りはだんだん度を増していき、ついにはそこに水が満ちた。
 何もなくなったそこに、水のみが姿を現した。
「あなたはアダム」
 ならばそいつはイブだとでもいうのか。男は膝をつく。ならば自分は消えられないではないか。
「アダムとイブで世界を再編しましょうか」
 そいつはそこで初めて、微笑んでみせた。
 

7/16/2023, 3:26:12 AM