『新年の抱負』『日の出』『幸せとは』
地獄。
それは罪を犯した人間たちの終着点。
ここに堕ちてきた亡者たちは、全員同じ結末を辿る。
ここに来た者たちは、ただただ罰を与えられる
救いは無く、娯楽もなく、あるのはただ苦しみだけだ
だが何事にも例外はある。
かく言う俺も、例外の一つだ。
俺は生前詐欺を働いたことで、地獄に落とされた人間である。
しかし、舌先三寸で地獄の鬼に取り入り、地獄の運営側の人間になった。
罰を受けるのは御免だと、率先して仕事を貰いに行ったのだ。
そうして得た仕事は、はっきり言ってつまらない仕事だった。
今の所、拷問施設の保守点検しかしていない。
正直眠たくなるほど単調な仕事だが、『罰が無い分マシ』と思ってそれなりに頑張って働いている。
そして一月一日の元旦、早朝。
この日も仕事だと思い、いつものように日が昇るまえに仕事場に行けば、なんと誰もいない
どうしたものかと思っていると、たまたま知り合いの鬼が通りかかったので、捕まえて事情を聞いた
曰く、数年前に地獄にもコンプライアンスの波が押し寄せたんだそうだ。
その時、地上に遅ればせながら、働き方革命が起こる。
その結果、現在では週休二日が当たり前。
地獄の365連勤も今は昔、お盆もあり正月も三が日まで休みになったそうだ。
唐突に訪れた休みにどうしようかと悩んでいると、話しかけた鬼が『暇なら付いて来るか?』と聞いてくる
どうせすることないので、『付いて行く』と即答し、鬼に付いて行く事にした。
「どこへ行くんだ?」
「今日は正月だぞ。
初日の出を見に行くんだ
いい場所があってな」
「ほお。
鬼も初日の出を見るのか?」
「別に好きなわけじゃない。
だが他にすることが無くてな」
そういう鬼は、どこかバツが悪そうに笑う。
「仕事だけしていれば十分なんだがなあ……」
俺が生きてた頃は、仕事をそこそこにしてプライベートを充実させることこそが、幸せとされていた。
しかしこの鬼を見よ。
とてもじゃないが、幸せそうに見えない。
きっと鬼たちにとって、仕事をしている時間が充実した時であり、幸せだったのだろう……
しかし働き方改革によって、休みを与えられ幸せ
幸せとは何かを考えさせる事案だ。
「なあ、人間。
人間どもは初日の出を見た後、何してるんだ?
初日の出見た後は、寝るくらいしか用事がない」
「そうだなあ」
人間も鬼も大して変わらないのだなあと思いつつ、俺は腕を組んで考える。
「そうは言っても、地獄には何も無いからなあ……
最近の若い子はゲームだが当然そんなものは無いし、他には凧とかカルタとかくらいしか思いつかん……」
「悪いが凧もカルタもないぞ。
地獄だからな」
「他には……
拷問用の施設を改造して、テーマパークを作るというのが思いつくが……」
「お、いいんじゃないか?
具体的にどうするかは知らんが、面白そうだ」
「できん事は無いが、来年の話だな。
今からでは時間が無さすぎる」
「そうか、残念だ」
鬼は露骨に肩を落とす。
期待させた分、申し訳ない気分になる。
しかし、何をするにしても道具が無いと……
あ、あれがあったな。
「新年の抱負を考えるのはどうだ?
いい暇つぶしにはなると思う」
「シンネンノホウフってなんだ?」
「簡単に言えば、今年中に達成する目標の事だ。
今の自分とこれからの一年を見通して、達成できそうな事を目標とする。
別にできなくてもいいが、出来そうな目標を立てることで生活に張りが出るぞ」
「よっしゃ、他にすることないし、それにしよう」
鬼は楽しそうに笑う。
どうやらお眼鏡に叶ったようだ。
鬼の笑顔は邪気が無く、人間を
「参考までに聞きたいが、どんなのがあるんだ?」
「資格を取るとか、本を何冊読むとか、体重減らすとか……」
「どれもパッとしないな。
お前個人はどんな新年の抱負を考えたんだ?」
「俺か……
俺はサメ映画を見るだな」
そういえば生前見よう見ようと思って、終ぞ見ずに死んでしまったな。
別に惜しいとは思わないが、若干喉に小骨が刺さったかのような気持ち悪さがある。
俺が過去に思いを馳せていると、鬼はまたしても
「サメ映画?
噂で聞いたことあるな。
サメが人間どもを食べる様子を見て、喜ぶらしいな」
「いや、違う…… 違わないのか……」
「となると……
いい新年の抱負を思いついたぞ」
鬼の顔は、見る見るうちに邪悪に満ちた笑顔になる
「『サメを使う拷問を考える』だ」
俺は耳を疑う。
……マジで?
「これは初日の出を見ている場合じゃないぞ!
すぐ帰って設計図を考えないとな。
人間、礼を言う!」
そう言うと、鬼は来た道を戻っていった。
俺は鬼の背中を見ながら、今を生きる人々に謝る。
ゴメン、これから地獄に来る予定のある人たち……
地獄にサメ地獄が追加されちゃった。
これから大変な事になると思うけど、俺を恨まないでね
1/6/2025, 1:37:49 PM