椋 muku

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今日は全校出校日。雪国の冬は本当に大変で担任は今日も雪で遅刻するらしい。

「おいおい、今日も先生遅刻かよー」

「それなー。教え子のクラスなんだからもっと大事にして欲しいよね〜」

「こんなに可愛い俺ら、教え子がいるんだからもっと可愛がって欲しいよ、な?」

出校日だるいな、ただそれだけしか考えてなかった。先生の事なんて正直どうでもいいし。

「まぁ、いいんじゃない?片道1時間半もかけて来てくれてるんだし。んじゃ」

「おい、どこ行くんだよ」

「ちょっと、な」

教室を出て、隣のクラスを覗く。たまたまホールに出てくるところだったみたいで、彼の服を引っ張る。

「マンガ、返して。今日、取りに行く。何時?」

「俺、今日、用事。昼、無理。んじゃ、3時」


ってな訳で、サッカー部みたいなベンチコートにイヤホンをつけて私は彼の家に向かった。
インターホンを押すと彼の「家族」が出てきた。彼がいるか尋ねると

「あぁ、今本を返しに行くって出ていったよ」

礼だけ言うと私は歩き出した。そうか、裏から通ってきたから表から私の家に向かった彼とは入れ違いになった訳か。表に出ると遠くに彼が見えた。途端に私は走り出した。雪で滑ろうが構わなかった。走ると揺れるバッグのキーホルダー。何の変哲もない音だけが走る私に響いていた。それは、走って高鳴ったうるさい鼓動を紛らわせるものか、彼とお揃いにしたキーホルダーが奏でる特別な音だったからか。

「ごめん、取りに行くって言ったのに。ありがとう」

「あ、うん」

私に気付くと笑顔で振り返る彼。

「何その笑顔」

「別に」

何かを待つような彼を私は気付かないように振る舞った。

「んじゃ」

今までは「好き」という想いが邪魔をして関係を拗らせていた。もう、曖昧なのはごめんなんだ。「好き」をやめたらだいぶ楽にはなった。バイバイって小さく呟いた彼を後にして私は帰宅した。

マンガを本棚に戻すとき、ふわっと鼻を抜ける彼の匂い。考えたくもない事が頭を駆け巡った。カサっと音を立てて落ちた小さな手紙。ありがとうってたった一言。本当に調子が狂う。

もう、恋愛なんてできない。私には恋愛的な好意が自分を苦しめる。ただ、あの時に聞いたキーホルダーの音が耳にこびりついてずっと気持ち悪い。

題材「Ring Ring...」

1/8/2025, 11:33:13 AM