『星屑のシグナル』
彼女の瞳の中には、いつも小さな宇宙が瞬いている。
六角形のレンズ越しに覗く蒼い星は、ただの装飾じゃない。あれは“観測窓”。世界のノイズを分解し、嘘と本音を選り分けるための、彼女だけの演算装置だ。
名を、ルミナという。
絡み合う金色の編み込み髪は、記憶回路を保護するための擬装ケーブル。ところどころに混じるターコイズの光は、感情が高ぶると発光する仕様になっている。額のヘアピンはアンテナ。遠く離れた仲間たちと、無言のままシグナルを交わすための。
「ねえ、見えてる?」
ルミナは片目を細め、悪戯っぽく笑う。手袋越しに差し出された指先から、ネオン色の軌跡がくるりと円を描いた。空気中に散らばる情報素子が、彼女の動きに反応して弾ける。
世界は今、静かに壊れかけている。
人々の“願い”をエネルギーに変換する巨大都市〈アストラ〉。その中枢であるコアが暴走を始めたのは三日前。感情の強い波が重なるたび、街の空には色彩の嵐が巻き起こる。喜びも悲しみも、すべてが過剰に増幅され、やがては崩壊へ向かう。
ルミナは、その調律者だった。
誰かの怒りが暴れれば、優しくほどく。
誰かの絶望が沈めば、光を足す。
けれど今夜のノイズは、あまりにも大きい。
胸元のチョーカーが低く震えた。コアからの緊急信号。数値は限界値を越え、赤く点滅している。
「……しょうがないなあ」
彼女は小さく息を吐く。怖くないわけじゃない。感情を扱うということは、自分の心も削るということだから。
それでも、笑う。
彼女の笑顔は、演算よりも速い。理屈よりも強い。
「全部、受け止めるよ」
差し出した手の先で、光が渦を巻く。青、紫、緑、そして金色。街中から溢れた感情の粒子が、彼女へと引き寄せられていく。瞳の中の星が回転し、無数の可能性を計算する。
嬉しかったこと。
後悔したこと。
誰にも言えなかった願い。
それらが一斉に流れ込み、彼女の中でひとつの旋律になる。
痛みと温もりが混ざり合い、やがて澄んだ光へと変わった。
ルミナは、指先でそっと円を閉じる。
ぱちん、と小さな音。
次の瞬間、空を覆っていたノイズは、星屑のように砕け散った。
街に静寂が戻る。
そして、どこからか小さな拍手が聞こえた気がした。
彼女は肩の力を抜き、いたずらっぽくウインクする。
「ちゃんと見てたでしょ?」
六角のレンズの奥で、蒼い星がひときわ強く瞬く。
世界がどれだけ揺らいでも。
誰かの願いが暴走しても。
彼女がいる限り、夜は必ず光を取り戻す。
――それが、星屑のシグナル。
3/4/2026, 4:40:19 PM