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図書委員として本を整理しながら、いつもの席に座る彼をちらっとみる。
彼は、ほとんど毎日のように図書室にやってくる。

彼が本を読むときの表情は、どこか特別だった。
砂漠で水を見つけた旅人のような──
「生き返った」「何より美味しい」
静かに、それでいて心から満たされた顔をする。

「図書室にしか居場所がないのかもしれない」
失礼ながら、そんな勝手な想像をしては、親近感を覚えたりもした。
けれどある日、教室の窓越しに見た彼は、友人たちの中心で屈託なく笑っていた。
その姿を目にした瞬間、私の中の仮説は、乾いた砂のように跡形もなく崩れ落ちた。
なんとなく、遠い存在に感じてしまった。
同じ空間にいても、もう自分とは別の世界の人のようだった。

そんなある日。
図書室へ向かう廊下で、背後から足音が近づいてきた。私は反射的に廊下の端へ寄る。
「あの、」と声がした。
自分にかけられた言葉だと気づくのに、少し時間がかかった。
声のする方を見るとそこには彼がいた。
「図書委員の人だよね? 僕もたまに図書室行っててさ。おすすめの本、あったら教えてほしいんだけど」

たまに、ではないのでは、、、と
思わずそんな心の声が漏れそうになるのをこらえながら、彼がこれまで読んでいた本の背表紙をいくつか思い浮かべる。

「そうですね…それなら」
といくつかのタイトルを伝える。

「今から図書室に行かれますか?よければ先程挙げた本をご用意しますが」
「ほんとう?じゃあお願いしようかな。どれもまだ読んだことないから」
にこりとしたその笑みに心臓がどくんと高鳴る。
窓から差す光と相まってその笑顔はとても眩しく感じた。

テーマ:オアシス

7/27/2025, 2:29:18 PM