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「子供の頃は」

仕事が終わって帰路に着く。愛する家族の待つ家まで電車で40分。座れなくともどうってことはない。笑顔で迎えてくれる妻と子供たちの顔を思い浮かべればあっという間だ。

こんな幸せが待っていることを子供の頃の俺に教えてあげたい。頑張っていれば見てくれる人はいるんたぞ。30分が経過し車内は少し空いてきた。内ポケットからスマホを取り出し、妻にメッセージを送る。

鍵をなくして途方に暮れていた妻に一目惚れした。こんなさえない男を選んでくれた妻には感謝しかない。そのままスマホの写真をスクロールする。最近は爽の写真が多い。ハイハイをするようになって、トイレまでついてきて大変と妻が笑いながら言う。ちっとも大変そうじゃない。むしろうれしそうだ。

幼稚園の制服姿の雫、砂場でいつまでも飽きずに遊ぶ澪、眺めているだけで笑顔になれる。最近の妻の写真がないことに気づく。そうだな、今日は妻の写真を撮ろう。

電車が着いた。降りる人の流れに乗り改札に向かう。改札を出ると駅の売店に花が売っているのが目に入った。珍しいなと思いながら、1本のガーベラを買い求めた。

子供の頃はいつも誰かの引き立て役だった。なぜか俺の周りは人気者ばかりで、ラブレター渡してと頼まれることばかりだった。そんな俺でも妻は好きと言ってくれたんだ。早く会いたくて走った。

あの角を曲がると我が家だ。門の前に爽を抱っこした妻が立っている。

「おかえりなさい。走って来たの?」
「早く会いたかったから」

今の俺は引き立て役じゃない。堂々とヒロインに花を渡すヒーローだ。

6/24/2024, 12:40:23 AM