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雨上がりの空を、電車の中から眺めていた。
まだ灰色の雨雲の残る空、虹が薄くかかっている。
ふと昔のクラスメイトのことを思い出した。
あいつ。
いつもしょうもない嘘ばかりついていた、あいつ。

「虹のはじまりを見たことある」「人面犬も飼ってるし」
あいつはいつも、そんなバカみたいな嘘をついては得意げな顔をしていた。
小学六年生にしては、あまりに拙く幼い嘘に、みんな呆れて反応もしなかった。
クラスの女子が言ってた。
「またあんな嘘ついて……やっぱお父さんいないから構って欲しいんじゃない? なんか可哀想。っていうか痛々しい」
可哀想、痛々しい。
その言葉に俺はぎくりとした。
俺にも母親がいなかった。ちゃんとしてないと、俺もあいつみたいに痛々しくて可哀想だと思われる、子供心に強烈にそう思ったことを覚えている。
あいつが誰からも見向きもされない嘘をつくたび、ヒヤヒヤした。
なんでそんな嘘をついてまで人の気を引こうとするんだ、可哀想だなんて思われて、余計惨めだろって。
そして俺は、そんな事を思う自分が嫌だった。
あいつ、今どうしてるだろう……。


「おー! 久しぶりじゃん、元気?」
突然、声をかけられ顔をあげて、ぎょっとした。
目の前には、まさにそいつがいたからだ。記憶の中のしょうもない嘘ばかりついていたあいつ。大人になったあいつが俺の前に立っていた。
「俺だよ、覚えてね? 小学校一緒だったよなあ、懐かし!」
正直、戸惑っていた。
子供の頃のあいつの嘘と、俺の後ろめたさが一気に蘇る。
「お前今何やってんの? 俺は今さ、ゲーム開発の仕事してんだけどさ」
奴は昔と変わらず、一方的にまくしたてる。電車の窓の外に視線をやると、ぱっと笑顔になった。
「お、虹」
そしてスマホの画面を差し出して言った。
「これみて」
思わず、あ、と言ってしまった。
そこには虹のはじまりが映っていた。きらきらと光る草原に、虹が溶け込むように降り立っている。
「今、俺が作ってるゲーム。これスタート画面」
奴は、目を輝かせて語り出す。ストーリーはこうだとかキャラ設定はこうだとか。
子供の頃、教室で聞いたバカみたいな嘘の話だ。
俺は思っていた、こいつ、頭の中でこんなにも生き生きとした世界として広げていったのかって。
「発売したら絶対プレイしてよ、めっちゃ面白いから! あ、俺ここで降りるわ、じゃーな」
そういい残すと、奴は慌ただしく電車を降りてしまった。

電車の中に残された俺は、言葉もなくただ呆気にとられていた。
……そうか。あいつの嘘は夢であり、クリエイターとしての原点だったんだな。
溢れる想像力は、奴を惨めになんかしてなかった。
惨めだったのは俺の方だ。
痛々しいだとか可哀想だとか、あいつを同類にして一番見下していたのは、俺だったんだ。
ごめん……お前の嘘は、俺の弱さを暴いてるみたいで、怖かったんだ。
お前のゲーム、絶対やるから、絶対に。
そう伝えればよかった。
俺は窓の外を見る。
もう虹は、薄くなって今にも消えそうだった。
あいつが作り出した虹のはじまり。俺は電車に揺られながら、消えかかった虹をいつまでも眺めていた。


7/29/2025, 5:11:30 AM