ゆかぽんたす

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「ここでいいよ。ありがとう」
彼女は足を止めて僕の方へ振り返る。そして、僕が両手に持っていた荷物を静かに奪った。
「本当に大丈夫?」
「うん。ここまでにしとかないと、また弱気になっちゃうから」
早朝の、地下鉄の駅。改札を抜ける手前で彼女は僕の見送りをここまででいいと断った。どちらにしてもこの先は切符が無いと先へ進めない。そしてそれは選ばれた者でしか持っていない。つまり彼女は選ばれた人間なのだ。
「気をつけてね。あまり無理しないで」
ありきたりな言葉しか出てこなかった。次にいつ会えるのかわからないのに。彼女はふわりと笑った。それが、穏やかにも見えるし寂しそうにも見えた。もしかして、僕に行かないでくれと引き留めてほしいのだろうか。そんな考えが不意に頭をよぎったけれど、そうではなかった。両手に持った荷物ごと、彼女はぶんぶんと手を振る。そろそろお別れの時間だ。
「じゃあね!」
改札を抜けて彼女は行ってしまった。後ろ姿は何とも勇ましかった。あんなふうに大股で歩いたら転ぶんじゃないか、こっちは心配になったくらいだ。
やがてその後ろ姿も消えてしまった。今日、この終点の駅から彼女は旅立つ。“終点”が、彼女にとっては始まりになる。
もっともっとすごいものを見てみたいの。あの夜、瞳を輝かせながら彼女が言ったから、僕は止められるわけがなかった、だから祈ろう。キミの旅路が幸多きものになりますように。祈ることしかできないけれど。1人取り残された僕は、またいつかキミに逢えるその日まで、ずっとずっと祈ってる。


8/11/2023, 7:47:20 AM