あれから何年経っただろうか。世間にとってはほんの少し恐怖感を与えただけの他人事でも、俺の心に一生癒えない傷を遺したあの出来事から、どれだけ経ったのだろう。
そいつは大学の同期で、腹立つくらい顔のいい遊び人だった。見かける度に違う女の子を侍らせていて、反りが合わないタイプの人種だと思った。俺とは一生縁のないような人だ、とも思った。そんな男と、ある日履修していた講義のグループワークで一緒になった。意外にもそいつは案外真面目だった。話も上手くてリーダーシップがあって、この顔でこの性格ならなるほどモテるだろうというのが少し話しただけで分かった。
若干癪ではあるものの、そいつのおかげでグループワークはそんなに時間をかけずにいいものができた。早めに仕上げてしまったせいで、後半は暇で暇で仕方なかった。あいつも暇だったらしい。グループの中で唯一接点が皆無だったらしい俺にしつこく話しかけてきた。このグループワークでそんなに悪い奴でもないのが分かってしまった以上、ここで無視しても俺が癇癪を起こしているだけのように思えて仕方ない。だから、渋々話に応じた。なるべく早く飽きてくれるように、極力冷たく、無愛想に接した。
なのに、何故か俺は気に入られたらしい。あれからあいつは事ある毎に俺に寄ってきた。初めこそ鬱陶しくて仕方なかったが、段々俺も絆されてしまって、最後の方はなんだかんだ親友のように思っていた。
そんな中。忘れもしない、あの秋晴れの日。俺は、あいつに呼び出されて駅前であいつを待っていた。少しして、俺を呼ぶ声に顔を上げる。集合時間よりだいぶ早めに来たはずなのに、あいつは俺をほとんど待たせる事無く来た。いつもより少しだけきちんとした服を着たあいつを見て、なんだろうと首を傾げつつ立ち上がり。あと、ほんの3,4メートルほどで手が届くような距離。そこで、あいつは死んだ。
後ろから、全身黒ずくめの如何にもな見た目をした男に刺されて。無差別の通り魔だったらしい。俺は世界を恨み、憎しみ、呪った。何故あいつなのだと。あいつは確かに遊び人だが、賢く、優しく、美しかった。あいつが死ぬくらいなら、俺が。そんなことをどれだけ考えたか分からない。
その日から、俺は同じ夢しか見なくなった。霧の中、崖で断絶された浮き島のような場所に居る夢。崖の先には、いつもあいつが亡霊のように立っていた。記憶にあるような柔和な笑みでも、たまに見せた悪戯っぽい笑顔でもない無表情で。ずっと、何かを呟いている。
俺は、その内容を本当は知っていた。あの日、あいつが少し綺麗めな服を着ていた理由も、俺を呼び出した理由も。全部、知っていて忘れたフリをしている。これを思い出してしまったら、俺はもう生きていられる気がしない。けれど。それでも、夢であいつが言うから。無表情なんかじゃない、あまりにも甘く、あまりにも穏やかな笑みで、俺に手を差し伸べながら言ったせいで。全部思い出してしまった。あの日のあいつの赤らんだ頬も、その手に持たれた小さな花束も。半ば諦めの気持ちで、一歩踏み出す。
崖の間には虹がかかっていた。
テーマ:虹の架け橋🌈
9/21/2025, 10:39:29 PM