二人は、双子でありながら何もかもが正反対だった。
控えめな姉と、活発な弟。何かを決めるのに姉は時間をかけて悩むのに対して、弟は直感的に選択をする。
性格も好みのものも違う。けれどやはり双子だからなのか、二人は一緒にいることが多かった。
「ほら、今日はあっちで遊ぶぞ」
「う、うん」
弟が姉の手を引いて遊びに行く。それが弟には当たり前であり、今まで疑問に思うことなど一度もなかった。
そんなある日。姉が珍しく風邪を引いた。数日寝込む程、重い風邪だった。
最初、弟は姉を心配して看病をしていた。けれど元々外で遊ぶことが好きな弟だ。次第に飽きて、外に出ようと思い立った。
「ちょっと、外に行ってくる」
「え?……うん。気をつけて」
綺麗な花を摘んで帰れば、姉も元気になるかもしれない。そんなことを考えながら、一人外へと飛び出した。
雲一つない快晴に、弟は上機嫌でお気に入りの野原へ向けて駆け出す。けれどその足は、黒い服を着た人々を視界に入れて立ち止まった。
悲しい顔をした人々。耳を澄ませば啜り泣く声に混じり、ひそひそと話す声が聞こえてくる。
――可哀そうに。まだ若かったのにねぇ。
――ただの風邪だったのに、一気に悪くなっちゃって。
――とても仲が良かったから心配よ。これから一人きりになって、大丈夫なのかしら。
ひたり。首筋を冷たい手で撫でられたような感覚がした。
咄嗟に振り返るも、そこには誰の姿もない。けれど首筋の冷たい感覚はなくならず、逆に首筋だけではなく全身を冷やしていく。
かたかたと、体が震え出した。気を抜けば今にも崩れてしまいそうで、弟はただ混乱する。
初めての感覚だった。体の震えも、込み上げてくる感情も、今まで一度も感じたことはない。
この、苦しくて痛い感情はなんだろうか。姉ならば知っているのだろうかと思った時、床に臥せる彼女の苦しげな顔を思い出す。
「あ、あぁ……」
呻くような声を上げ、弟は耐えきれずに駆け出した。当てもなく、胸を抉る冷たい感情から逃げ出すように無心に走り続けた。
そして辿り着いたのは、家のすぐ近くにある寂れた公園の中。
ふらふらとベンチに歩み寄り、座る。頭の中では姉の顔と先程聞いた話が消えず、息苦しくて堪らない。
もしも、姉の風邪が悪くなったとしたら。こうしている間にも症状が重くなり、そして最後には取り返しのつかないことになったとしたら。
次々と浮かぶ最悪に、弟は泣きそうに顔を歪ませ俯いた。
深く考えずに、姉を置いて外に出たこと。その選択を、初めて弟は後悔した。
「大丈夫だよ」
不意に声がした。
顔を上げる。目の前で微笑む姉の姿を見て、弟は息を呑んだ。
パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの姿。汗だくの赤い顔。呼吸は浅く、ふらつく体は彼女の風邪が治った訳ではないことを伝えている。
「もう、大丈夫。怖いのも、嫌なのも全部、私がもらうから」
動けない弟の前で膝をつき、姉は彼の手を両手で包み込む。
その熱に、火傷してしまいそうだと弟は思った。けれど同時に、あれだけ胸の中で渦を巻いていた恐怖が消えていくのを感じた。
後悔したはずの選択もそれ程のことではなかったと思い始め、弟は咄嗟に姉の手を振りほどく。
「大丈夫だよ」
姉の言葉に必死で首を振る。
弟の頬を涙が伝い落ちた。今まで恐怖や後悔といった負の感情を感じなかった理由が、ようやく分かった。
「やめて……」
懇願する声は酷く震えている。
「俺の感情を奪わないで。後悔しないままいたら、全部失った時に前に進めなくなる」
姉を失った時に後悔したのでは遅すぎる。一人で立てる程自分は強くはないのだと、弟は姉の姿を前にして気づいた。
「奪う……」
振り解かれた手を見つめ、姉はゆっくりと目を瞬かせる。小さく首を傾げて弟を見つめると、眩しそうに目を細めた。
「もういいの?もらわなくても、ちゃんと眠れる?」
「え……」
姉が何を言っているのか、一瞬弟には分からなかった。
それはどういう意味なのか。そう問おうとした弟の脳裏を、幼い頃の記憶が過ぎていく。
それは思い出したことが奇跡のような、そんな些細な出来事だった。
昼間、姉と二人で食べるはずの菓子を、一人で食べてしまったこと。母に怒られ言い返して、そして夜になって急に不安が押し寄せてきた。
母に酷い言葉を吐いたことを後悔し、何より姉を悲しませたのではないかという後悔が、弟を眠れなくさせていた。母と姉に謝ってはいたものの、後悔が明日への不安となって、怖くて堪らなかった。
誰にも相談できず、一人布団の中で震えていた時、姉が布団の中に入り込んできたのだ。
――大丈夫。怖いのは全部、私がもらってあげるからね。
両手を包み込んで、額を合わせる。
優しい温もりに不安が解けて、怖さも後悔ですらも消えていったのを思い出した。
「――馬鹿。もう一人で眠れるに決まってるだろ。いつまでも小さな子供扱いするなよ」
文句を言いながら、弟は姉がしたようにその手を包み込んで額を合わせた。
記憶の中の仄かな温もりとは違う、痛みすら覚える程の熱。離れようとする手をしっかりと握り、目を合わせて弟は囁いた。
「今度は、俺がその苦しいのをもらってあげる。でも半分だけ。半分なら、そんなに後悔しないだろ?」
姉を良く知る弟は、そう言って笑う。
体のだるさや痛みを感じながら、それでもしっかりと姉を支え寄り添いながら、家へと帰っていった。
似ていない双子は、けれどふとした瞬間によく似ていることがある。
例えば、怪我をした時。片方が怪我をすると、もう片方も痛みに顔を顰める。
例えば、嬉しいことがあった時。その時浮かべる笑顔は同じだった。
二人はいつも一緒にいる。
お互いがお互いを支え合うように、今日も同じ笑顔を浮かべている。
20260515 『後悔』
5/17/2026, 2:14:04 AM