碧海 彩咲

Open App

『列車に乗って』

君の歌が好きだった。
ゆらゆら揺れては、出鱈目な詩を紡いで突拍子もない節で歌う、その様が。
何も見ていないようで、心理を見つめているようなその双眸が。
細長いのに、意外と厚いその体躯が。
だけど、ひとつ嫌いなところがあった。
私を、置いていったところが嫌い。
ごうごうと燃え盛る炎の中、安全地帯にいたはずの彼が自分より私を優先にする為に火に飛び込んで私を担ぎ上げたその瞬間、私は初めて彼に罵声をあげた。
ただ一言、「馬鹿」って。生まれて初めて彼に言った、傷つけるための言葉。
でも、その一言をしっかり聞いたはずの彼がへらりと、あまりにも優しく笑うから。だから、ぎゅうとしがみつくしかできなくて。
でも、ごめんなさいを言う前に居なくなってしまうのは、あまりにも酷過ぎやしないか。
私を助けた彼。
ただの一般人でしかない彼。
火事場の馬鹿力をその瞬間で発揮して、私を担ぎ上げたその彼は、私以上にぼろぼろで、私を安全な場所に連れてきて、そのまま、いなくなった。
私を置いて、亡くなった。
本当に酷い人。
ごめんなさいも、ありがとうも、何も聞かずに旅立って。
彼らしいと言えば聞こえはいいかもしれないけれど。それでも、やっぱり怒りたくなるの。私は意地が悪いから。
だから、そんな意地悪な私はたっくさん彼を待たせるの。貴方が退屈になる分のお土産話を携えて。
あの、銀河を駆ける列車に乗って。

2024,2,29 創作開始

2/29/2024, 12:27:52 PM