顔の緩みが戻らない。
仕事している時はさすがに緩んだりしないけれど、仕事が一段落すると口角が上がってしまう。
理由は簡単で、今日のランチは彼女が作ってくれたお弁当だからだ。
昼食になると、足がステップを踏んでしまう。
裏に入り、お昼ご飯を食べようとランチバッグをテーブルに置いた。
もう、眩しい……!
俺はランチバッグを開けると、水色のランチボックスをパカンと景気のいい音を奏でた。
ん!?
そこにはハンバーグがなくて、恐らく冷凍だろうと思う唐揚げが入っていた。
あるぇ?
なんて思っていると、俺のスマホが震え出す。お弁当を楽しみに、それに気持ちが持っていかれすぎていて、スマホの着信にめちゃくちゃ驚いた。
通知は恋人の名前だった。
「はいはーい?」
『あああああ、ごめんなさぁい!!!』
つんざくような悲痛な叫びがスマホから聞こえてくる。
彼女の声と様子とお弁当を見る限り、だいたいの状況を把握できた。
『私のところに今日頑張ったうさぎのハンバーグがぁっ!!!』
「あはははははは! なるほどね!」
『絶対に楽しみにしていましたよね!? ごめんなさいっ!』
悲痛な叫びなんだけれど、こういうおっちょこちょいなところも可愛いと思ってしまうのだから、本当に彼女が好きなんだなと痛感する。
「大丈夫、大丈夫。今日はこれ食べるよ」
『ハンバーグ、食べて欲しかったぁ……』
とても悔しそうな声は胸が痛くなるけれど、彼女への愛しさが増してくる。
今日は彼女が仕事がお休みなので、どうしてもと俺の好きなハンバーグを、不器用ながらもお弁当を作ろうと意気込んでくれたわけだ。
その力作が俺の元じゃなくて、自分の元にあって驚いたから即効に電話してくれたのだろうな。
こうなった原因もだいたい分かる。
俺は自然とランチボックスに視線を送った。
ふたりの共通点である好きな色のランチボックス。お互いが同じものを気に入ってお揃いで買っていたから間違えたんだろうな。
今度、撥水加工されたステッカーでも買おう。
そんなことを考えながら、彼女に提案する。
「今、家にいるよね?」
『います』
「じゃあ、目の前のお弁当、残しておいて」
『え?』
「帰ったら食べるから」
俺がそう伝えると、スマホ越しに泣きながら唸り声が聞こえた。
「俺が食べたいよ」
『時間が経って美味しくなくなっちゃう……』
「あっためた?」
『いえ。自分用のは自然解凍の冷凍食品を入れたので……』
「じゃ、残しておいて! 食べたい」
『でも……』
「食ーべーたーいー」
駄々をこねる子供のような声を出していると、くすりと笑う声が聞こえた。
『……はい。残しておきます』
まだ少しだけ泣き声がまじっているけれど、嬉しそうな声で安心する。
「今日のお弁当、ありかとうね」
『冷凍食品だらけですけれど、しっかり食べてくださいね』
そう話してスマホを切った。
俺は作ってくれたことに感謝してお弁当をいただいた。
楽しみが先延ばしになったと、俺は一日満面の笑顔で仕事をした。
おわり
二〇四、逆さま
12/6/2024, 2:15:12 PM