作家志望の高校生

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「ねぇ、なんで泣いてんの?」
それが、僕達の出会いだった。小学校低学年の頃、いじめられて中庭の隅で泣いていた僕に、君が声をかけてくれた。ぶっきらぼうだし、今思えば無神経な一言。いじめられるのが悲しくて、辛くて泣いていると答えたら、君はしばらく何かを考えてから、「待ってて」とだけ言ってどこかへ行ってしまった。君がいじめっ子達を殴って問題になったと知ったのは、その翌日だった。君は先生にも親にも、いじめっ子達の親にも酷く叱られていたのに、僕に向けてピースしながら笑っていた。
中学生になっても、僕達は一緒に居た。僕はいじめられなくなったし、君は不良として名を馳せるようになった。それでも、僕と一緒に居る時だけは笑ってくれるから、僕は君の側に居た。こんな時間が、ずっと続けばいいと思った。
でも、それは突然崩れてしまった。しゃぼん玉が割れるみたいに、ある日突然無くなってしまった。君は信号無視の車に轢かれて死んだ。正直葬式の記憶は曖昧で、よく覚えていない。唯一覚えているのは、遺影の君は無愛想な真顔のままで、あの笑顔は本当にもう見られないんだと思ったら涙が溢れて止まらなかったことくらいだ。
僕はもう君の年齢をとうに追い越して、今は子どもが一人いる。妻は君を失って地の底に居た僕に手を差し伸べてくれた人で、君みたいに優しかった。妻と子育てをしていると、忙しくて君を失った悲しみから目を背けることができた。君の死と向き合いたくなくて、それだけのために僕は子どもに尽くした。子ども想いのいい親だと言われた事もあるが、僕はそうは思えなかった。君を忘れるために都合良く子どもを利用した、酷い親だと思った。でも、子どもが大きくなってくると、手がかからなくなる。そうすると、君を思い出す余白ができてしまった。ふと君が居ない事実を突き付けられて、涙が溢れてきた。ある日、一度だけ子どもの前でそれが起こった。
「お父さん、なんで泣いてるの?」
子どもが言ったその一言に、僕は目を見開いた。いつかの君との出会いを、思い出した。僕はその日、初めて子どもに君の話をした。それで泣いてたの。という子どもの声に、それもあるけど、と付け加えた上で、僕は少し腫れた目で笑って答えた。
「ちゃんと話せて嬉しかったから。」

テーマ:なぜ泣くの?と聞かれたから

8/19/2025, 2:10:22 PM