──眩しくたっていいじゃないか。
玄関のドアを開いて一歩踏み出した瞬間、強い光に目を灼かれて思わずその場でしゃがみ込んだ。
「あ゙ー……眩しい」
目を押さえてうんうん唸っていると、かしゃんと鍵をかける音がして、灰色のスニーカーが二、三歩先で立ち止まる。それがちょうど影になって、目の奥がちかちかとする気持ち悪さが少しずつ収まっていく。太陽を遮ってくれる同居人が細くため息を吐いた。
「二日も家に籠って読書をし続けていればそうなるだろう。普段から外に出ないならばともかく、お前は散歩と言ってよく出かけるのだから」
「んー、ひたすら本読んでたい気分だったんだよなあ」
……正確には、本の内容以外のことを全部頭から追い出したかった。いろいろと疲れることがあったのだ。
「気は済んだか」
「まあ、そこそこ」
数日前に全身を支配していた暗くて重い感情はだいぶ落ち着いた。今日一日、同居人とのんびりしていれば、明日から職場に行けそうだ。
「……にしても眩しくねえ?」
「冬の日差しは夏よりも強いと聞くな」
「ふつー逆だろぉ」
まだ顔が上げられない。太陽め、冬のくせに頑張りやがって。
「冬の日差しも好ましいが」
「なんで?」
「空気が澄んでいて、陽の光がまっすぐに届くような気がする」
「そっか」
お、だんだん目が開けられるようになってきた。何度か瞬きをすると、ぼやけていた視界がはっきりしてくる。
「落ち着いたか」
「ん」
紺色のコートを着込んだ姿を見上げても、逆光のせいで表情が見えない。灰色の髪が陽に透けて静かに光っている。ぼうっと見ていると冷たい風が吹いて、家の周りの落ち葉が音を立てた。セーターを着てきたのは正解だったみたいだ。
「そろそろ立て。じっとしていても寒いだろう」
「んー」
あたたかい毛糸に包まれた手がこちらに差し伸べられた。布地越しの手をぎゅっと握ると、予想外に強い力で腕が引っ張られて、ややバランスを崩す。
それに文句を言おうと口を開きかけて、何も言えずに閉じてしまった。
「……なんで笑ってんの」
マフラーに隠れそうな口元が、ほんの少しだけ緩んでいる。分かりにくいこいつの笑い方だ。
「いいや」
そう言って、あたたかそうな灰色で顔の下半分を隠してしまう。勿体無い。追求するのを潔く諦めて、繋いだままの手を引いた。
「どっか行きたいとこあるか?」
「いや、……」
何か思いついたことがあったようで、薄水色の瞳が少し伏せられる。
「お前は、普段どんな道を歩いているんだ」
「ん、散歩コースってことか」
「そうだな」
それなら慣れたものだ。こいつと歩いてみるのもいいかもしれない。
「疲れたらすぐ言えよー」
「ああ」
こいつは普段書類仕事が多いから、どうしても俺より体力が無い。普段と同じペースで歩いていたらあっという間に息を切らしてしまうだろう。
「あ」
「ん?」
歩き出した矢先、ふと立ち止まったと思うと、さっきの俺みたいにしゃがみ込む。
「どした?」
「団栗だ。ほら」
立ったまま手元を覗き込むと、紺色の手袋の上にころりと転がっていたのはまるいどんぐり。秋はそろそろ終わって、冬の気配が強いっていうのに。子供が拾い損ねたのかもしれない。
「お、そこにもある」
「本当だ」
指差してやると嬉しそうな声をする。なんか学生時代にやった気がするな、こういうの。
「随分と懐かしいな」
「どんぐりが?」
「覚えていないのか、学園に通っていた頃に拾っただろう。落ち葉や松ぼっくりで写真立ても作った」
「そういやそうだった」
こいつの部屋で見た記憶がある。その時に作ったものだったのか。
「ああ。宝物だ」
「……」
たからもの、か。
透き通った瞳がこちらを見つめる。その水色に太陽の光が反射して、眩しさに思わず目を細めた。水面がゆらゆらと揺れて光を蓄えているような瞳だった。
「……まぶしいなぁ」
「次はサングラスでも持って来るか」
「いんや、サングラスじゃ防げねえからいい」
不思議そうに見上げて来る瞳は相変わらず光を宿していて眩しい。それでも、目が痛くなるような眩しさじゃなくて、ずっと見ていたいような強くも優しい光だ。
「きらきらだな」
「……?」
「ははっ」
わからなくていい。そのまま光っていてくれ。眩しくても、その光をずっと見つめているから。
(太陽の下)
11/25/2024, 12:52:08 PM