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 ジリジリとした日差しが、窓から降り注いでいる。エアコンを稼働させていても、じんわりと汗が滲み出る。
 ネットの天気予報によると、今年一番の猛暑日を観測するらしい。昨日も同じことを言っていた気がする。そんなことぼんやりと考えながら、ベッドから立ち上がった。
 顔や体の中心はほてっているのに、手足がやたらと冷たい。冷房の風に当たったつもりはないが、冷たい空気で冷やしてしまったようだ。何か、温かいものを飲もう。
 階段を下りてキッチンへたどり着いた。戸棚を開けると緑茶の茶葉の袋を見つけた。消費期限は八月末日まで。早くに飲んでしまわないと勿体無い。
 私は急須の茶漉しに茶葉を移し、ダイニングテーブルに置いてある保温ポットまで持って行った。朝からコーヒー派の家族がいちいちお湯を沸かさなくていいように去年の冬から導入されたのだ。噂の魔法瓶は数時間程度なら熱湯を保ってくれる。
 まだ午前中だし、朝入れた分が残っているはず。
 私は急須をポットの注ぎ口に近づけて、蓋の真ん中を押した。

「あっ、待って!」

 背中から声が掛かり、顔だけ振り返った。そこには洗濯カゴを抱えた母が、目を丸くして口をポカンと開けていた。
 私は首を傾げながら、急須にお湯を注いでいた。しかし、一向に急須が温かくならない。私は手元を見て湯気が上がっていないことに気がついた。
 やっぱり沸かし直せばよかった。
 そう思っていると、洗濯カゴを洗面所へ置いてきた母が慌てたようにキッチンへ入ってきた。

「入れた!?」
「え?」
「ポットの中身、入れた!?」
「うん」

 私が素直に頷くと、母は一瞬間を置いて笑い出した。両手を叩いて、目尻に涙を浮かべているほどに。

「え、何、どういうこと?」

 私がイライラしながら問い詰めると、母は笑いながら謝り出した。

「張り紙つけたのに、まさか見ないまま入れるなんて思わなかった」

 母は、ポットの向きを変えて、反対側にテープで貼り付けた紙を見せてきた。
 紙にはこう書いてあった。

【麦茶、はじめました】

 私は顔の表情が抜け落ちたと思う。母はこちらの様子をニヤニヤした顔で見てくる。その表情を無視した。
 急須に蓋をして湯呑みに注ぎ、鼻に近づけて匂いを嗅いだ。青々しい匂いに混じって香ばしさを感じられた。
 それを一口、飲んだ。

「苦くて美味しくない」
「そういう問題じゃないって!」

 しばらくの間、母の笑い声が家じゅうに響いていた。


『夏』
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※水出しでお茶を飲む際は、水出し専用の茶葉を使用し、正しい作り方を守りましょう。
 また、茶葉で温かいお茶を楽しみたい方は必ず熱湯を注ぎ、正しい作り方を守って火傷に注意しましょう。

6/29/2024, 7:34:37 AM