【ハッピーエンド】
「今度はハッピーエンドにしませんか」
と、編集が言い出した。カフェのざわめきに消えそうなそれを聞き取った作家は、眉を寄せる。
「ここから入れる保険があるとでも……?」
と怪訝そうな態度を隠さない。
今書いているのは、潜入調査官と犯罪組織の構成員のバディものだ。どちらにも事情があって、作中ですでに数人人を殺してしまっている。潜入調査官はそれでも成し遂げたい調査があり、構成員の方はそれを利用してでも組織を壊滅させて縁を切りたかった。そういう話の筋だが、初期プロットの時点で、潜入捜査官は警察官としての資格を剥奪の上、殺人の罪に問われることになっている。その判決までは考えていない。構成員も海外に逃げるが、空港で警察官の足音を聞く、という終わり方がいいな、というメモがあった。
作家は既に出版された前作のページをペラペラとめくる。
「あの〜ほら、参加組織のボスを「この先の展開を有利にするため」って利己的な目的で殺してますよ」
「そこをあえて、実は麻薬カルテルとのつながりがあった、とか後出しすればいいんですよ」
むぅ、と作家は唸る。
「なんでまた急にそんな話を。プロット見せた時点で、この終わり方を目指そうって話をしたじゃないですか」
メモの上にペン先をコツコツと当てる。編集はいやぁ〜と困ったように頭をかきながら、カバンの中からコピー用紙を数枚綴じたものを取り出した。クリアファイルに入ったそれの表紙に、「社外秘」と書いてある。作家が眼鏡を押し上げて眉を寄せ、じっとその文字を目で追うと、そこには「アニメ化企画 仮企画書」とあった。
「……ワオ、えっマジで?」
「そう、まぁハッピーエンドは単純にファン獲得というか、連載終了後のスピンオフやりやすいかと思ってのことなんですけどね」
ぱらっと表紙を捲ると、作家が見たことのあるアニメーションスタジオの名前と、配役のところに打診中の声優陣、空白の主題歌の項目があった。一番下のところに、「なお作家による許諾がとれるまで、プロジェクトは発足しないものとする」とあった。
「それでこう〜ね、ちょっとでも長く稼げるコンテンツにしないかなぁ〜って」
「あ〜ね……言いたいことは分かりました」
作家の売りはシビアな世界観だ。恐ろしく融通が効かず、奇跡も起こらないで脱落するキャラも当然いる。書評では「媚びないところがいい」「甘くない」「このヒリつきを楽しみたい」といったものが多い。一方で、「救いがなさすぎる」「悪くなったら最後まで悪いまま」「カタルシスに乏しい」といった評もあるのだ。
作家は腕を組んで悩み始める。自分にとってのハッピーエンドは、どうすることなのだろうか。じっと仮企画書の表紙を睨みつけながら、眉を顰めているのだった。
3/30/2026, 3:31:58 AM