「降り積もる思い」
小学校で教わったこと。
チクチク言葉は使わない。
ふわふわ言葉を心掛ける。
自分が言われたら嫌なことは言わない。
自分は嫌じゃなくても相手が嫌かも知れないと思うことは言わない。
口に出す前に一呼吸考える。
素直で柔らかい子供の心にしっかり染み込んで定着した教えは、私から口数を減らした。話すことが怖くなった。
言葉は伝える側よりも受け取る側の方が優位だ。傷付けようという意図が一欠片もなくったって、受け取る誰かが傷付いたら、それはその言葉を発した方が悪いことになる。どれだけ言葉を尽くしても一部を切り取られて、誤解されたら。
沈黙は金。雄弁は銀。
私は誰にも誤解されたくなかったし、誰のことも傷付けたくなかった。思ったことを一切の誤解なく伝えるほどの言語力はないし、心の全てを開示する勇気もなかった。
意見が違うというだけで否定された気分になって傷付く人がいることを知った。そういう人に限って、自分の意見を言うのが得意で、悲しみや怒りの感情を露わにすることも得意だった。
否定されるのが悲しいことはよく分かる。私に否定したつもりがなくても、否定されたと感じられた時点で私が加害者だった。話すことが怖くなった。
言葉を飲み込むことが癖になって、心の底に吐き出せない思いが降り積もった。重なって堆積した思いは硬くなって、元がどんな形だったのか分からなくなった。どんどん心が硬く、重くなって、苦しくなった。吐き出さないと、と思った。
話すことは怖いから、書き出すことにした。文字は良い。読みたくなければすぐに読むことを中断できるから。聞かせるのは簡単で、読ませるのは難しい。読みたい人しか読まないという事実は私の筆を進ませた。話すことは怖くって、書くことは楽しい。
私は口を慎むけれど、言葉を惜しむのは嫌だ。私は筆を執って、言葉を尽くすことにした。
心に降り積もった思いを少しずつ。丁寧に掬い上げて。どこかにいるあなたに届けば良い。
12/21/2025, 4:48:00 PM