りくのいるか

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ベルの音

ピンポーン ピンポーン

「はーい。」

ガチャ

「郵便局でーす。」

短い間だけアニメの背景画の会社で働いていた事がある。

朝は10時からで夜は7時まで

の、はずだったが……。

美術監督さんが出勤するのが午後2時である

みんな10時からの出勤ではなく、10時は新入りの私1人。

私は美術監督さんのメモどおりにお掃除をしてからお仕事をする。

いつも掃除機をかけている時に郵便屋さんが来て、たわいも無い話をして帰って行くが、

エプロンをして掃除機をかけている私を

絶対に、お手伝いさんかなんかだと思っていたのだと思う。

私の机の上のメモに

昨日描いた夕方の雲の背景がやり直しになった理由が書いてあった

「もっと可愛く描いてください。」

くぅ〜。わかる〜。可愛く無かった……。

雲でも、ちょうど可愛い形ってのがあるのだ、

ちょうどいいモコモコ具合のね、

具体的にどうとは言えないが……。

「シャンシャンシャンシャン』

ベルの音がバックに流れる洋楽の陽気なクリスマスソングが鳴り響いていた。

クリスマスシーズンの吉祥寺はキラキラしていて楽しかったな。

歩き回れたのは、昼休みだけだったけど。

イタリア料理のお店のイタリア人の従業員さんに

「あなた、毎晩見かける、今晩店の前で待ってるね。」

って言われて、帰り道変えたなぁ

デブ専だったのかなぁ……。

なんて、のんきな事が言えるのも思い出話だからであって、

実は締切が明け方の3時。

「おはようございまーす!」

ってテレビ局の人が取りに来るんだよ

挨拶が芸能界って思ったね。

それとも単に朝だったからかな?

新人だから多目に見て7時に帰してくれてたけど、

朝の3時まで仕事していたら、朝10時に出勤なんかできないよね。

山積みになった自分の分の仕事……終わるのか?と言う不安……いや、終わらせねばならぬ、絶対にだ!

社長さん兼、1番絵が上手で偉い美術監督さんも不安なのか、チェーンスモーカーになっており

さっきまで、私の頭の上にあった
社長さんのタバコの煙雲が鼻から下に下がって来た。

「く、苦しい……。」

私は昼休みにソニプラで買っておいた
小洒落たフレーバーの飴が止まらなくなって
(サーティワンのアイスの味とか変わったやつ)

口の天井がザラザラ……血の味までしてきた……。

美術監督さんはアロマやお香を焚いていたようだ

あの、濃厚なタバコの煙雲の中で香りが効いたのかは謎だった……。

社長さんの好きなノーメロディ系の即興ジャスが大音量で流れている。

普通の職場よりは格段にオシャレな職場ではある。

だが、しかし……。

不安と疲労で頭が爆発しそうで両足のふくらはぎが浮腫んでパンパンだ。

1番苦労したのが、私の絵の描き方が独特で遅かった事だ……。

それは致命傷だった。

結局、私はインフルエンザのA型とB型に同時にかかって死にかけて辞めたのだった。

そのインフルエンザを美術監督さんに移してしまって本当に申し訳無かった……。

最後に仕事した日も、いつも温厚だった社長さんの殺気も感じた。

代えが効かない仕事なのに、大事な美術監督さんを……。

『本当にすみませんでした。
今でも、よく、思い出して罪悪感で胸がチクチク痛みます。』

良いワインも、美味しいケーキも食べさせてもらったのに、

クリスマス会にオシャレなご自宅に招いていただいて、

ジョン・レノンの描いた絵も見せてもらったのに

でも、

「かわいそうに、りくのさん、もう、油絵一生描けないね。」

って、陰で言われたのは絶対に嫌だったんだ。





12/20/2022, 4:52:24 PM