心が凪いでいる。
身から出た錆で何もかもを失ったが、身一つとなり気が楽にもなった。これ以上失うものがあるとすれば、目には見えない、何物にも代え難いものであろう。
家も家財も家族も友も仕事も何もかも手放して、海辺を歩く私を、空を飛ぶ鳥達はどう思うだろう。この人間も、この道を往く同志と同じように儚くなるに違いないと予想しているのであろうか。
そのような勇気もない私だ。
海辺から砂浜へと入り、夜の海へ足を浸したものの、夏の盛りの生温い海風と大して冷たくもない水温にその気を削がれてしまった。立ち止まっているうちに誰かが駆けつけて声をかけてくれるということもなく、あくまでも波打つ海水と海風とに打たれ続けて、結局は砂浜へと戻り腰を下ろしているのである。
私の命がこの世から儚くなったとして、日々は何も変わらず、朝日が昇り、人々の営みは繰り返され、日が落ちる。
居ても居なくても変わらないのであれば、意気地なしが世界の片隅でひっそりと生きながらえたくらいで何も変わらないだろう。
濡れた足が乾き、纏わりついた砂が剥がれていく。
私の中で滞った澱のような暗いものは、砂のように剥がれはしないが、凪いだ心にやわらかく抱いて、もう暫くはこの生にしがみついてみようかと思う。
*夜の海**
8/15/2024, 1:02:02 PM