【誰よりも、ずっと】
SNSの上に新たなバビロンが築かれて数日である。僕も例に漏れず、その恩恵に預かっている。当然、かのSNSの要する生成AI、ここでは翻訳機械の役割を持つソレは神ではないし、意訳ということも忘れてはならない。が、一方で過去の翻訳不全の状態からははっきりと脱している。少なくとも難解な日本語を、同じく難解、というより日本人には馴染みが薄くて解読が困難な言語と相互にやりとりできると言うのは、十分な機能と言える。お互いが「もしかしたら意図通り伝わっていないかも」と思い合っている限りにおいてだが。
さて、世間がやれバーベキューだデカい犬だ宗教観の不理解だと騒いでいる間に、僕はとあるヒンズー語話者と言葉を交わすに至った。相手も僕もお互いの日常のシーンについて知りたがっていて、やはり日本のアニメをきっかけにしていると話す。イギリスへの留学経験から英語も話せるとのことだったが、せっかくなのでこのバベルを楽しまないかと言ってみたら、彼(あるいは彼女)は、「では神が怒り、塔を壊すまでそれに甘えましょう」と笑顔の絵文字付きで答えてくれた。
会話は日を跨いで数日に及んだ。その中でも思い出深い会話があった。
彼は僕の生活のルーチンを聞きたがり、朝起きて電車に乗り、出社して仕事をするという話をした。比較的拘束の少ない仕事というか、僕のポジションはある設備の設計と、完成後のリアルタイム検証が主だ。設計の方をやっている時はスマホなどいじっている時間はないのだが、検証の時は条件違いの検証パターンをテストルームで仕掛けたら、あとは明日までほとんどやることがない。次の設計の叩き台を作りつつ、レポートの雛形を作って時間が経つのを待つ。先輩もみんなそんな調子なので、そうなるとコーヒーを飲みながら雑談に興じている時間まであった。これでそこそこ給与がいいのだから有難い。と、こんな様子も話してみた。彼は僕に「面白い仕事をしている。日本人はみんな終業時間中はパソコンに齧り付いているのだと思っていた。何の仕事をしているか知らないけど」と言ってきた。実際アニメに限らず、ドラマや映画でもそういう姿が描かれているが、僕も何をしているか知らない。仕事というのは相手と自分の労働と対価のやり取りだ。パソコンに向かっていたって、ネットワークの上で出来ることしかできない。プログラマーやデザイナーとか言われる人々ならともかく、スーツのサラリーマンがパソコンに齧り付いている描写はどういうことなんだろうか?
「そうだよね、働くっていうのは前にも後ろにも人がいて、その人達と自分の作業を、お金と時間でやり取りして、買わせていただく、買っていただくの世界だよなあ」
と、翻訳文がそう伝えてきた。おや、と思う。
「それは何かい、ヒンズーの教え的なところ? おっと、気を悪くしないでほしい、日本人にはそういう、宗教的戒律とか、教義みたいなものに馴染みが薄いんだ」
つい、半ば軽口のようにそう伝えていた。
「そんなこと言って。君らが困ったときに「神頼み」をすることくらい知ってる。僕らの神様は一人一人大きくて強い力をあっちこっちに発揮してるけど、君らの神様はたくさんどこにでもいて、君たちを出来る限り見守っている。そういう解釈してるけど?」
おや、相手の方が一枚上手だったか。なんと返すべきか考えていると、続けてもう一つポストがあった。
「労働の解釈だけど、これは持論だね。でも大きく世界を見れば最終的にそこに行き着く。これが私にとってのアートマンかな。他にもそういう人がいるから、きっとブラフマンでもある」
アートマン、ブラフマン、なんだったっけか、と検索をかける。個人我と宇宙我。聞き馴染みのない言葉だった。ただ、なんとなく彼の口調からして、己がそう思うということは、宇宙にはそう思うという総体の一つがあり、生きる人間にそれが降りてきて、個人の思考を成し己にそう思わせる、といったところだろうか。鶏が先か、卵が先か。宇宙我にあるから個人我に来るのか、個人我があるから宇宙我にもあるのか。
「今の一瞬だけなら、もしかしたら僕は誰よりもずっとヴェーダの教えを分かる日本人かも」
「どうだろう、ウパニシャッドって日本語訳されてるの? きっとそっちを読めば本当に日本一かもしれないよ」
冗談のようなやり取り。しかしそうして聞いてみると、人間の個の境目が薄いような奇妙な感覚を受けた。正直なところ、それには些かの不快感がある。誰かに常に見られているような、誰かに己を常に共有されているような。眉を寄せながらそれを打ち込もうとして、手を止める。いいや、それこそ日本人の世界観には常にあるものじゃないか? 八百万の神に常に囲まれて、SNSで共有は常にしていて。仕事だってスケジューラや社内用チャットでかなりの共有を要求されている。意識の仕方が違うだけで、結局僕だって社会という大きな自我の一粒なのかもしれない。
結局その時の会話はちょっと曖昧に終わらせてしまった。彼とはその他にもいろいろ話したが、宗教が文化として根付く世界の中での個人感とでも言えばいいのだろうか、自分にとって新しい視野、あるいは新しい感覚の話が聞けたのは大きな収穫だった。話した彼とは相互フォローになったのだが、今は一日に一度もポストがない。忙しい時は忙しいんだ、と言っていたので、いずれまた話す機会もできるだろう。
メガネを外してスマートフォンのスリープにする。計測器はまだカウント中だ。僕はひっそりと席を立ち、コーヒーを淹れる。先輩が次の仕様書を睨みながら、設計を始める背中が見えていた。
4/10/2026, 2:19:17 AM