イオリ

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あなたがいたから

 観劇に来た。全く興味がない演目だったけど。行くよ、と言うから。年上の彼女が。

 歴史あるというか、趣があるというか。少なくとも最新のホールではなかった。座席も少し古いタイプで。

 ただ彼女の方はそんなこと全く意に介さず、幕が開く直前まで、ストーリーや役者の説明を爛々と僕にしてくる。うん、うん、と反応を絞り出す僕。

 やがて照明が落ちていく。いよいよか、と前を向き直して驚いた。

 前席にチェ・ホンマン級の大男が座っている。全て、とは言わないが、僕の視界の半分近くを侵食していた。これは……。

 よし。決めた。完全に決意が固まった。

 寝よう。3時間。静かに。

 だって見えないから。しょうがないじゃん。もともと興味もなかったし。

 僕は自分の決意の正当性を胸に、目を閉じて意識を闇に同化させていく。

 
 っとその前に。

 手を伸ばし彼女の手を握る。彼女もそっと握り返してくれた。

 なんとなくいつもよりも温かく、近く感じた。近いというより、握った手が溶け合って1つになっていくような。不思議な感じ。暗闇のせいかな。


 劇は見えないけど(もともと全く興味がなかったけど)、彼女は楽しそうだからまあいいか。

 それから、チェ・ホンマンのおかげだな。あなたがいてくれたから、僕はぐっすり眠れるし、彼女の手は温かいし。

 ありがとうチェ・ホンマン。ではおやすみなさい。

 

 

6/20/2024, 10:28:42 PM