奈都

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お題「花束」


「結婚してください」

燕尾服で膝をついた彼が、私に薔薇の花束を差し出していた。
周りにいる人たちはきゃあきゃあと騒いでいる。もちろん知らない人たちだ。

どうしよう。逃げたい。

衆目を浴びたくない人間としては当然のことを思う。
だが、私は彼からのプロポーズ自体は喜んでいるのだ。
この人とだったら、今後もやっていけそう。添い遂げたい。そう思える人だった。

そんな人だからこそ、惜しい。なぜ、こんなプロポーズに決めてしまったのか。

たしかに私は燕尾服は好きだし、薔薇の花も好きだ。
ドラマでこういうシーンが出てきたらまずときめくのは間違いない。
だが、違うのだ。現実で起こっていいことではないのだ。
たとえば好きな漫画のキャラクターが現実に出てきてくれたらいいなと思ってはいたけど、突然似たような人が似たような言動をし始めたとする。
私はそれを喜べない。だって、その言動が許せるのは二次元だけだから。

つまり、そのプロポーズ方法が許せるのは、私の中ではドラマのなかだけなのである。

彼はいたって真剣な顔をしている。
そうだろう、こんなに気合を入れて、おそらく私の趣味とかも考慮してサプライズプロポーズをしているのだから。

私はどう反応するべきか悩んでいた。
もちろんプロポーズにはOKで応えるつもりではある。
だが、問題は、私の反応が悪いことに対する説明だ。

彼は素直な人間だ。たぶん、漫画のキャラが現実に現れたとしても大喜びする。私とは少し考え方が異なるのだ。

だからきっと、「それはドラマのなかだけでお腹いっぱい」と伝えると、理解できない上に断られている感じがしてショックを受けてしまうだろう。

「あの……いかがでしょうか……」

彼が上目遣いに私をうかがう。不安そうな表情が愛らしい。そんな顔にさせてごめんと思う反面、それが見れて歓喜する私。

私は悩んだ末に言った。

「とりあえず、場所を移動したいんだけど、いい?」
「えっ」
「あ、ここで答えた方がいい?」

彼の顔を見て、やってしまったと思った。
この言葉ではまるでプロポーズを断るみたいだ。
今にも泣きそうな顔に、慌てて言葉を足す。

「周りに人がいるところで答えるの恥ずかしくて……もちろん結婚については私でよろしければなんだけど……」

一瞬にして目を輝かせる彼。犬か。

「ほかにも、なんか言いたいことあるってこと?」

彼はたずねる。私は頷いて、とりあえずその手を引きながら人気のない場所を探して歩き回った。



ようやく誰もいないところを見つけて、二人で芝生に座る。燕尾服が汚れるだろと注意したいところだったが、私も彼も足が棒になってしまって、座らないという選択は無理だったので言えなかった。

「で、言いたいことって?」

彼が私を見る。改めて見ると燕尾服が似合うように髪を整えていたり、薄めにだが化粧もして、普段より断然格好良くなっていた。

もしかして、人目が気になってたから嫌だっただけなのでは?

私は自分の感情を疑い始めた。
こんな格好いい人にプロポーズされたらそりゃ落ちる。その手に薔薇の花束を……。
そこまで考えて、違うとなる。
問題はその花束だ。もらって嬉しいとなるのは花の管理ができる人間だけで、そうでない人間は「え……これ……どうしよ……」になるのだ。私は後者なのだ。

私は彼の目を見た。どうにか、花束はいらなかっただけでプロポーズは受けたいと伝えたかった。

「さっきも言ったけど、プロポーズに関しては、ぜひお受けしたい」
「ありがとう」
「だけどね、その花束は難しい」
「難しい……?」
「それをもらったあと、生け方も分からんし、枯らした時の恐怖がでかい」
「なるほど……」

彼は口元に指をやった。考えている。ちゃんと伝わってくれたようだ。
しばらくして、彼は口を開く。

「じゃあ、俺の部屋に飾っとくから、たまに見にきてあげてよ。それだったらいいでしょ?」
「えっ……てか花束の生け方知ってるの……?」
「いや、俺、花屋の息子だし」

お任せあれ、と胸をはる彼。ほっとしつつ、贈り物として準備してくれてたのにそれでいいのかとも思う。
私は少し考えた。

「明日、結婚指輪見に行こ」
「明日!?」
「花束もらってあげられなかったお詫び。指輪自慢しながら親に挨拶行こ」
「う、うん……」
「あと結婚式の準備とか入籍準備もしていかなきゃね。それらは色々調べて共有するから」
「なんか……積極的だね……?」

彼は逆に不安そうな顔をする。
そりゃ、ずっとその言葉を待っていたから、積極的にもなるでしょう。私から言うか悩んだくらいなんだから。
そんな本音は心に留めて、私は笑う。

「何事も、準備が一番大変で、楽しいんだよ」

彼も笑った。

「そうだね、思い切り楽しまなきゃ」

二人で手を繋ぎながら、私たちは帰路についた。
花束をその空き地に忘れたことに気づいたのは、彼のアパートに着いてからだった。


おわり。

2/9/2023, 2:54:43 PM